第12話 死神業界の上と下 陸


 突然、緑の光が男たちの後方で煌めいた。


 あれは、もしかして…


 ―キィィン、パリィンン


 結論に辿り着く間もなく、急に爆ぜた緑の閃光が視界全体を覆い尽くす。


 堪らず僕は目蓋を閉じ、片手で目元を隠す。


「うわっ!?」


 金属が擦れ合う独特の高音が、ガラスが割れたような破裂音でかき消される。


「…っ!?」

「え!?」


 二人が突然聞こえた大きな音に、何事かと振り返る。


「ちょっと~、な~にやってるのかしらぁ?」

「アキトさん!」


 僕は随分久しぶりに聞いたような澄んだ声に、思わず名前を叫ぶ。


 アキトさんが橋の上で目を細めて僕たちを見下ろしていた。


「…不虞刺か」


 これまで何の感情も表に出さなかった長身の男が、訝し気にアキトさんの名前を呟く。


「あらあら、お偉い様の団体さんがどうしてこんなところで油を売ってるのかしら」


 アキトさんは皮肉たっぷりに、文句を垂れ流しながら、ひょいっと橋を飛び降りた。


 かなりの高さがあるが、アキトさんは慣れた動きで川辺に着地した。


 そして僕たちを見ると、冷たさを感じていた目線がゆったりとしたものに変化し、頬をぷくりと膨らませる。


「もーーー、私がいない数分の間になんでこんなことになってるのよ」


 そう言いながら、周りの人たちの警戒は気にも留めず、僕たちの前まで歩いてきた。


 本気で怒っているというよりは、呆れ交じりの言葉だ。


「すみません」


 アキトさんがいなくなって少ししか経っていないのに、抗争にまで発展しそうになっていたのだ、何の言い訳もない。


「まったくもう」

「あたっ」


 アキトさんにこつんと額を突かれた。


「あんたもよ、リュウキ?」


 そう言ってジトッとした目線をリュウキさんに送る。


「あぁ、すまん」


 リュウキさんは張り合うこともなく、謝罪の言葉をすんなりと口にした。


「あんたにまで謝られるのはなんだか気持ち悪いわね……」


 普段と違うリュウキさんの反応にアキトさんはぶるりと身を震わせる。


「おい」


 僕たちの横からスッと長身の男が割り込んできた。


「なぜ不虞刺がこいつらの味方をする」


 僕たちの味方?どういう意味だ?


 その質問の意図はさっぱり分からないが、男は眉を顰めていて、本心からの疑問のようだ。


「なぜって、そりゃあ私の可愛い仲間たちだもの」


 振り向きながら毅然とそう言ってのけるアキトさんの声音はとても優しいものだ。


 仲間たち、その言葉に僕のことも含まれているのだと勝手に嬉しくなる。


「なかま?……まさか会社に所属したのか?」


 今度こそ男は信じられないと表情を大きく変えた。


「えぇ、イマドキ珍しいことでもないでしょ」


 自分だけじゃないと、少し芝居がかったように一般論を言ってのけた。


「なんで…」


 大きなショックを受けたのか、長身の男は愕然と立ち尽くしている。


「そんなことどうでもいいでしょ。それより、これはどういう状況なのかしら?」


 アキトさんはため息とともに、話題を現在の状況に戻した。


 アキトさんの視線から察するに、その質問はリュウキさんに突っかかっていた男に向けられたものだ。


「リュウキと話してただけだ」


 ずっと一方的に攻撃を仕掛けていたくせに…


 お前は関係ないだろと言わんばかりの態度だ。


「外から見たら、お話しというより潰しにしか見えなかったのだけど?」


 アキトさんはあくまで冷静に客観的な意見をぶつける。


 どうやら男がリュウキさんに詰め寄っているところも見ていたようだ。


「それはこいつが弱そうに見えるからじゃねぇか?」

「ちょっ…!」


 思わず一歩踏み出そうとしたが、アキトさんが僕が動くよりも先にスッと男の首に手を伸ばしていた。


「あらぁ、言葉には気を付けなさい?命取りになるわよ」

「ッ!?」


 アキトさんは完全に男の死角から不意を突き、男は近づいてきた手を振り払うことも出来なかった。


「というか、あなた達の方が先に仕掛けてきたじゃないですか」


 男の子がアキトさんに食って掛かる。


「え?わたしたちが?うーん、何かしたのかしら?」


 伸ばしていた手をゆっくりと自分の頬にあてがって、とぼけたように首を傾げる。


 男の子は一瞬頬を引きつらせたが、平静を取り戻して会話を続ける。


「僕たち中華香朱の縄張りで営業して、何も問題無いと思ってたんですか?」


 彼はさっきと同じように中華香朱の名前で僕たちを威圧してきた。


 今度は分かりやすく敵意を出して。


「そんなこと言われてもねぇ、注意書きも何も無いじゃない?縄張りって、言ってしまえば動物のマーキングでしょ?それって現代社会だとただの当たり屋と一緒じゃない?」

「業界の常識です。あなた達が非常識なんですよ」


 お互いに一般論で議論しているように見せかけて殴り合っている。


 特に男の子の語調は今までとは違って強くなった。


「あらあら、相変わらず話が通じない子が多いのね。ミコト、あんたも大変ねぇ」


 アキトさんは困ったものだとあからさまにため息をついて、長身の男に投げかけた。


「…!」


 その問いかけを聞いて、今まで静観していた長身の女の人がアキトさんとミコトと呼び掛けられた男の間に割って入る。


「僕は会社のために…!」


 自分が話が通じず、上司の迷惑になっていると間接的に指摘された男の子はたまらず大きな声で反論した。


 アキトさんが完全に全員のヘイトを集める形になった。


 おそらく、これはアキトさんの思惑だったのだろう。


 さっきと同じく、僕たちは完全に対立する構図になっている。


 でも、さっきまでの僕とリュウキさんが4人と言い合っている時の雰囲気とは違う。


 人数差的にはアキトさんが囲まれて追い詰められているはずなのに、この場の空気感はアキトさんが4人を威圧している。


「………なぁ、俺たちは抗争してもいいんだぜ?」


 そういう男の全身からは黄土色のオーラが滲んでいた。



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