第11話 死神業界の上と下 伍

「ぎゃっはっは、やっぱりな!お前、なんも知らされてねぇんだな」


 男はまた愉快そうに僕たちを詰り出した。


 僕はドクドクと心臓から何かが湧き上がる感覚を必死に抑えつける。


 この死神の話し方と仕草、笑い方、何もかもが不快だった。


「そりゃあ言えねぇよなぁ、完全推薦制の中華香朱に自己推薦で入った癖に、自分で起こした問題の尻拭いも出来ず、挙句の果て逃げ出したなんてよ」

「………」


 男は今までで一番生き生きと、そしてどこか恨めしそうにリュウキさんに詰め寄った。


 リュウキさんは何も言わず前を向いている。


 自己推薦、問題、逃げ出した…?リュウキさんが?


 何のことなのか、具体的なことは分からない。


 ただ、リュウキさんが中華香朱との間で大きな問題を抱えていることだけが分かった。


「リュウキさん、ここが本社の近くだと分かってましたよね。うちを追い出された死神がうちの傍で営業するなんて、意趣返しのつもりですか?」


 ちがう、リュウキさんはただアキトさんに付いてきただけだった。


 追い打ちをかけるように男の子がリュウキさんに呆れたというような表情で問いかける。


 やっぱり、ずっとこの人はリュウキさんを食い物にしている…!


「違います!僕たちは協会から許可をもらって…!」


 リュウキさんは何も言えないのではなく、おそらく自分の意志で何も言わないようにしている。


 分かってはいるけど、僕は言われっぱなしのリュウキさんを見て我慢できそうにない。


 何も知らない、だけど僕たちに悪意が無かったこと、ここで宣伝することの正当性を訴えることくらいは出来る。


「ぎゃっはっはは、協会から許可をもらってようがそんなの関係無いっつってんだ。これは死神同士、つまり会社同士の縄張り争いの話なんだよ」


 男は僕の言葉をスッパリと断ち切る。


 協会の取り決めやルールとは関係無い、会社同士の不文律だと主張している。


「その縄張りは協会からの許可より優先されるんですか?」


 そんなはずはない。


 中華香朱も、チューリップも等しく協会の規律の上で成り立っている会社だ。


「いや、どちらでもないですよ。あなた達が協会から許可をもらっていることも、僕たちが縄張りを主張することもどっちも正しいです」


 男の子が当たり前のことのように答えるが、それは答えになっていない。


「じゃあどうやって…」

「会社同士の抗争で決着をつけるんですよ」

「抗争…」

「今日入ったばかりだと知らないのも無理はないですね。僕たち死神派遣会社が衝突したときは、抗争という形での実力比べが慣習となってるんですよ。まぁ、言ってしまえば所属している死神達の決闘ですね」


 それはつまり、ただ実力行使をするということに他ならない。


 でもそれが問題になることは無く、それを協会も黙認しているというのか。


 死神業界の競争は近年激しさを増していると訓練校にいた時もよく聞いていた。


 まさか実力行使が行われているとは思ってもみなかった。


 でも、もしこれが良くあることならば、確かに企業間競争も、上下関係もどんどん激しく、厳しくなっていくのも当然だ。


 死神業界の厳しさを肌でヒリつくほどに感じさせられる。


 そんな僕の心情を察したのか、男の子はため息をついて首を振る。


「まぁ、そもそもうちを追い出された死神が転がり込んだ会社が、僕たちと抗争できるほどの会社だとは思えませんけどね」


 そう言って、リュウキさんを見て男の子はニヤリと顔を歪ませた。


 これまで諭しているような、どこか先輩風を吹かせているような雰囲気から嘲る色が覗いていた。


「ッ!」


 いい加減にしてくれ。


 この人たちは、リュウキさんの元同僚だと言っているが、全くそうは思えない。


 ずっと、リュウキさんのことを下に見て、笑いものにしている。


 こんな僕を認めてくれた、強くて優しいリュウキさんを。


 ―――そレ以上、リュウキさんをバ鹿にスるナ。


 ―ユルセナイ―


 またしても右手から全身に熱くドロッとしたものが這い巡る。


 今度は、身体が焼けるのではナいかと思うほどノ熱量を伴って。


 目の前ニいる死神達が澱んで見える。


 でも、僕の目には澱みノ中で、首と心臓だけが鮮明に写っていた。


 知らず僕たちニ詰め寄っていた二人がバッと飛び退く。


 決闘だと言っていた。


 ソウルズも使えナい僕に勝機なんて、ほとんど無いかもしれナい。


 でも、僕のことを知らナいこの人たちナら、加速三連撃で初見殺しが可ノウだ。


 ―それニ、今ナら、どんナニ強い相テでも殺セるキガスル―



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ユウセイッ!」

「これは……」


 ユウセイの身体からはどす黒い泥のようなオーラが滴っていた。


 ユウセイのオーラの変遷を敏感に察知したリュウキは呼び掛けるが、その声はユウセイには届いていない。


 同じタイミングで異変を察知したミコトさんが目を細めた。


 ユウセイは両腕をダラッと垂らし、背中が飛び出しているのではないかと思うほどの猫背で俯き、その目だけは睨み上げるように南瓜たちを捉えていた。


「あ?なんだ、やる気かてめぇ」

「急に何を!?」


 南瓜と甘藍はオーラを全身に纏わせ、臨戦態勢をとる。


 リュウキは慌ててユウセイを止めようと手を伸ばす。


(まずいっ、さっきと同じだ!それに、訓練の後よりよっぽど…!)


 リュウキはつい数時間前のことを思い出していた。


 それは、訓練直後、ユウセイがリュウキの一撃で意識を失った直後のことだった。


 ユウセイを担いで運ぼうとリュウキが近づいた瞬間、ユウセイの右手から黒いオーラが実体化し、リュウキを弾き飛ばしたのだ。


 その威力は、アキトの上段払いと遜色ないほどだった。


 死神のものとは思えない、もはやに近いほどの濃密で不気味なオーラを意識不明の死神が、特に新卒のユウセイが出せるとは思えない。


 アレについて訓練後のユウセイの告白でも言及されることは無かった。


 そして、あの涙の奥にさらに何かを隠しているとも思えない。


 ならば、この黒いオーラはユウセイとは別の、ユウセイの意識外のナニカだ。


 今頃、キヨシさんが社長に話をしているはずだ。


 この不気味なナニカの正体が分からない以上、野放しにしていいとは到底思えない。


 何とかして意識を逸らさなければ。


 でも、今からどうやって……!



 ―――キィィン


 瞬間、見慣れた緑色の閃光が放たれた。


(おせぇんだよ…)


 アキトが戻って来ていた。



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