第10話 死神業界の上と下 肆
「おいおい、なんだよそのカッコ!」
ドタドタとわざわざ長い階段を下りてきた男は僕たちの服装、特にリュウキさんを視界に入れると、声が届くかどうかという程の距離からいじってきた。
「レオさん、待ってくださいよ!」
その男の後を慌てて一人の男の子がついてきている。
男は僕には目もくれず、リュウキさんの正面で立ち止まる。
男の背丈はリュウキさんと同じくらいで、よく焼けた茶色い肌をしている。
短く刈られた髪の毛は近くで見ると黄土色だ。
「なにやってんの、おまえ。これ、なに、こすぷれ?」
つま先から頭までじろじろと不躾に観察する。
この人が何を考えているのか、さっぱりわからない。
「もう、急に走り出さないでくださいよ…!」
追いかけてきていた男の子が追い付いて、僕の正面で立ち止まった。
少し青みが買った髪は長く、耳まで隠れている。
綺麗な顔も相まって、声を聞いていなかったら女の子だと勘違いしてたかもしれない。
男の子の注意を気にも留めず、男は噴き出していた。
「ぎゃははははは、なんだこれ!だっせぇなぁ!」
爆発するような笑い声が橋下に響く。
喉をきゅっと絞められるような不快感が走り、顔が熱くなる。
恥ずかしいという感情よりも、馬鹿にしたような笑い方に対する悔しさによるものだ。
…出会ってすぐだけど、僕はこの人の雰囲気が苦手だ。
「はっはは、ははは」
「……」
「…おいっ、なんか言えよ!」
男は何も反応しないリュウキさんの顔の前でパンッと手を叩いた。
反射的に奥歯を嚙む力が強くなる。
「………」
それでもなお、リュウキさんは無視を続けている。
「おい、レオ。勝手に行くなと言っているだろう」
低い声が不意に左から聞こえて反射的にゾワリと背筋が凍る。
声の方向を見ると、ほかに二人長身の男女が近づいてきていた。
低い声を発した男はグレーのオールバックの髪型で手足が長く、ゆったりと歩く姿がやけに似合っている。
男の後ろをピタリとついて来て、肩の高さで綺麗に切り揃えられた薄暗い桜色を揺らしている女の人はこちらを無言で見つめていた。
「ミコトさん!こいつ覚えてますよね!?」
「だれだ?」
「ほら、リュウキですよ、晩茄リュウキ!」
先ほどまでの和やかな雰囲気とは一転し、騒々しくなる。
「晩茄…?あぁ、トマトか」
リュウキさんはトマトという単語にピクリと反応する。
そして、男の子が譲った場所で立ち止まった長身の男の人に軽く会釈して、挨拶する。
「ご無沙汰してます、ミコトさん」
「あぁ、しばらく見なかったから忘れてた、元気だったか」
「はい」
二人とも抑揚なく、それでも目を決して逸らすことなく会話している。
「今何やってんだ」
「人形配ってます。会社の」
「ぎゃははは、にんぎょうぅ!?なんだそれ!お前、死神やめて人形職人にでもなってたのか?」
「いや、レオさん、たぶんビラですよ。さっき協会前で人形配っていた派遣会社があったらしいですから」
「はーん、ビラねぇ。にしても人形は意味わからんだろ」
人形があまりに面白いのか、僕たちの横においてある袋にスッと手を伸ばしてきた。
「あんたらのお札よりましだ」
「あ?」
それをリュウキさんは叩き落とすように制する。
手を払われた男は、屈んだ体制でリュウキさんを見上げるようににらみつける。
その姿はまるで獣のようだ。
「まだ性懲りもなくあの詐欺札配ってるんだろ?」
「あれは緊急装置だって言ってんだろうが、相変わらずの偏見っぷりだな。謹慎で少しはまともになったかと思ったが、意味なかったらしいな」
「え?南瓜さん、あれって謹慎だったんですか?懲罰って聞いてたんですけど…」
謹慎?懲罰?いったい何のことだ。
「ぎゃはははははっはは」
苛ついていた男がまた唐突に爆笑しだす。
「ははははは、おい、リュウキ!お前の謹慎が実は懲罰だってのは新人たちにも広がってたみたいだぜ?」
「レオさん、僕はもう新人じゃないですってば!」
馬鹿にしている。
この人たちは明確にリュウキさんを馬鹿にしている。
挑発している黄土色の男も、無意識かどうかわからないけど煽っている男の子も、静観している二人も。
リュウキさんを横目で見る。
「……」
何も知らない僕ですら侮辱だと分かる会話を目の前でされても、無表情は変わらっていない。
その無表情の内に、どんな感情を秘めているのか僕には分からない。
もしかしたら、ほんとうに気にしていないのかもしれない。
でも、僕は違う。
ユルセナイ。
ゾクリとしたものが自分の右手から全身を這い巡る。
自分の怒りの衝動が抑えられない。
「あの、皆さんは死神なんですか?」
「あ?…あぁ、そうだが?」
僕は続いていた会話を遮るために声を張る。
「じゃあ、帰ってください」
「は?」
「…え?」
「邪魔です」
さっきまで楽しそうに話していた二人は目を見開いて僕を見る。
「いや、普通に話してただけだろうが」
「僕たちは営業してるんです。人間の方を対象に。ここにいられても迷惑です」
はっきりと、迷惑だと伝える。
彼らの注目が完全に僕に移り、シンッと重い空気が張る。
「…誰だおまえ」
「リュウキさんの後輩です」
「後輩ぃ?なまえは?」
「白才ユウセイ」
男が「知ってるか?」とに男の子に聞くが、首を傾げている。
「聞いたことある気もするんですけど…、思い出せないなぁ」
白才ユウセイという名前は、史上二人目の卒業試験不合格者として各会社の人事部や情報通の人ならば聞いたことがあるだろう。
だから、この人が僕の名前を聞いたことがあるのも死神として働いているのなら不思議ではない。
「同期じゃねぇってことだな。お前、いつ入社した?」
「今日です」
「「きょう!?」」
僕の発言に今度は声を裏返して驚いている。
すると、男はまた爆笑しだした。
「ぎゃははは、おいおいおい、入社当日に営業させる会社とか初めて聞いたぞ!」
イラついたり、大声で笑ったり、忙しい人だ。
「なぁおい、お前の会社はまともに研修もやらねぇのか」
またリュウキさんに絡みだした。
「お前らのとこは研修というより洗脳だろ」
「はぁ?てめぇが適応できなかったからってイチャモンつけてんじゃねぇよ」
二人は射殺さんばかりに睨みあう。
リュウキさんはアキトさんと喧嘩している時とは全く違う怒気、もはや殺気を出している。
「まぁまぁ、ここはお互い引きましょうよ」
二人の間にやれやれといった様子で男の子が割り込んできた。
「おいっ、かんらん!」
「ほらほら、レオさん。落ち着いてください」
かんらんと呼ばれた男の子はグイグイと男を身体で押し留める。
「あなた達も、ここで営業するのはやめて帰った方がいいですよ」
男の子は僕たちを振り向きながらにこやかに警告した。
「え?」
「だって、ここは僕たち、
「中華香朱!?」
僕は唐突に出てきたビッグネームに思わず声を上げる。
また、三大獄という一番最初に設立された3つのはじまりの死神派遣会社の1つである。
そのため、死神達は三大獄に憧れ、死神訓練校の現場見学は三大獄のいずれかで行われている。
当然志望者数も多く、入社できるのは各年でトップ10の成績で卒業が絶対条件と言われていて、その中でも特に中華香朱は完全推薦制をとっており、特に入社する難易度が高い。
「なんだ、やっぱりお前知らなかったのか」
「今日入社したばかりだから仕方ないですよ」
男はハッと鼻を鳴らして僕を見下ろし、男の子はさっきよりワントーン上がった声で僕をフォローする。
目の前にいるこの人たちは全員各世代トップの死神ということなのか。
あれだけ大きな態度も少しだけ納得がいってしまった。
「じゃあ、もしかしてお前、こいつが元々うちの所属だったことも知らねーんじゃねぇか?」
「え?」
「晩茄リュウキさんは、つい半年前まで中華香朱所属の死神だったんですよ」
「………」
リュウキさんが中華香朱に所属していた。
突然教えられた情報に、僕はただ困惑することしか出来なかった。
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