第9話 死神業界の上と下 参
「もーう、無理!やっぱり場所変えさせてもらうように交渉してくるわ!」
ついに我慢の限界に達したアキトさんは僕たちを見ることもなく、プンスカプンスカと抗議に繰り出していった。
「行っちゃいましたね」
「好きにさせとこう」
そんなアキトさんをもはや止めもせず、橋の下で僕とリュウキさんは二人きりで佇んでいた。
「ちょっとあんた達!上から見るんじゃなくてこの人形を受け取りに来なさいよ!」
ここからはアキトさんの姿は見えないが、ちょうど真上から良く通る男性にしては高めの声が聞こえてくる。
なんだかんだアキトさんも野次馬にフラストレーションが溜まっていたのだろう。
見えなくても顔を真っ赤にしているのが想像に難くない。
呼び掛けられた野次馬たちは僕たちの所まで来ることなく、そそくさと逃げ出していった。
「ちょっと、待ちなさいってば!」
「う、うわぁぁ」
なんなら数人目を付けられた死神達は、アキトさんと追いかけっこをしている。
アキトさんが騒動をすべて持って行ってしまった。
…もはや暴走列車だ。
「あいつ、ほんとに罰則与えられるんじゃないか?」
「さすがに無いと思いたいですけど…」
協会が規則に反していると判断した死神や会社には、様々な形で罰則が与えられる。
罰則を与えるのは閻魔様直属の近衛死神なのだが、その近衛死神が一体誰なのかは知られていない。
たしかに罰則を与えられた例はあるのだが、片腕が無くなったとか、廃人まで追い込まれたとか、1カ月間閉じ込められるとか、数十年単位で奴隷のように扱われるとか、もはや都市伝説のようになっている。
ただ、有事の際にとんでもなく強い近衛死神が現場の指揮を執ったことも広く語られているため、近衛死神が存在していることだけはたしかである。
「………」
「………」
アキトさんが野次馬ごと引っ張っていったお陰で、ここに残ったのは昼間とは思えないほどの静けさだけだ。
ちょろちょろと流量が変わることのない川の水音と、橋上の喧騒が僕らを囲んで平和な時間が流れる。
「なんだか、眠くなってきました」
「立って寝れるなら寝ていいぞ」
「…できるかなぁ」
これは寝るなという意味の皮肉なのか、本気で許可を出しているのか判断に困る。
ちらりとリュウキさんを見るが、表情は相変わらず無表情である。
アキトさんたちなら今リュウキさんがどんな意味で言ったのか、正確にわかるのだろうか。
僕はまだまだ皆のことを知らないなぁ。
初日だから当たり前だけど、そのことがすごくもどかしい。
被り物に不満を抱いているのに、アキトさんがいなくなっても外そうとしなかったり、トレーニングにストイックだったり、自分の非をすぐに謝罪したり、すごく真面目な人なのだろう。
性格は、一緒にいるうちに理解が深まっていくものだろうけど、それ以外なら会話で知っていくしかない。
「あの、リュウキさんとアキトさんって、どっちが先輩なんですか?」
「ん?この会社に入ったタイミングのことか?」
「はい、どっちが先に入社したのかなって。年齢も上だしアキトさんの方が先輩なんですか?」
二人の関係性は謎だらけだ。
名字の分類的にアキトさんの方が年上なのは分かるのだが、お互いにタメグチであるため、二人の上下関係が正確には伝わってこない。
「いや、俺たちは完全に同期入社だぞ」
「そうなんですね」
「まぁ、そもそもこの会社が創立したのが約1カ月前で、創立社員として入社しているから社長やキヨシさんも俺たちと在籍期間は変わらないはずだ」
そういえば、僕がこの会社を教官に紹介してもらった時に、創立したばかりの会社だと説明を受けた気がする。
そうなるとたしかに、二人は会社内において対等な立場だと言える。
「だから、お前はうちにとって初めての新卒の新入社員ってことになるな。うちの看板をいずれ背負うことになるだろうから、しっかりな」
「へ?」
「業界だとその会社でどういった成長や実績を残せるのかについて大きな指標になるからな。新卒の死神は大事なんだよ」
「そ、そうなんですね…」
全く知らなかった…。
確かに言われてみれば、訓練校でこの会社は新人教育が上手だとか、新人を潰しがちだとか聞いたことがある。
そしてチューリップで新卒の新入社員は僕だけだから、僕だけを見て判断されるということだろう。
つまり僕のミスが会社の評判に影響する、強いてはみんなに迷惑をかける。
その光景がありありと想像できてしまい、ゾッとする。
「…おい、そんなに気にするな」
「あたっ」
ポカッと、側頭部をノックされる。
「チューリップはまだ認知すらされていない会社だ。お前も含めて皆で印象を作り上げてる途中だからな。お前がチューリップの顔になるのはいずれの話だぞ」
僕が気負ったのを察して、すぐにフォローしてくれた。
「だから、その時までにきちんと鍛えてやるから必死についてくればいい」
「はい!」
そうだ、なにも怖がる必要は無かった。
これだけ頼らせてもらえる先輩がいるのだから、何とでもなる気がする。
すごくかっこいいことを言っているが、リュウキさんは表情も変えず、その頭には変わらず萎びたチューリップがついている。
そのギャップがすごく親しみやすくて好きだなと思える。
僕はこれまでにも増して和やかな気持ちで次は何を聞こうと思案する。
「あ、そうい―」
「おい!」
僕がリュウキさんに話しかけた声をかき消すように、上から底冷えするような少し高音の大声が聞こえてきた。
真上を見上げると、坊主で濃く焼けた若い男が覗き込んでいた。
「あいつ!やっぱりリュウキですよ!ミコトさん!」
リュウキと名前を呼んでいるけど、知り合いなのだろうか。
リュウキさんは、首は動かさず、あくまで目線を上げるだけで橋上をまるで睨むように見つめていた。
「…なんきん」
なんきん?あの人の名前だろうか。
なにやら嬉しそうな男と対照的なリュウキさんの冷え切った態度を見て、僕は思わず息を潜める。
リュウキさんの口から漏れ出た声は僕が今まで聞いた中で一番無機質で冷たいものだった。
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