第8話 死神業界の上と下 弐
「死神派遣会社チューリップでーす、よろしくお願いしまーす」
「鎮魂から雑用まで、なんでも派遣するわよー」
「……どうぞー」
チューリップ畑から馬で約1時間、僕たちは黄泉の国における死神の総本山、通称地獄に来ていた。
地獄は閻魔様の監視が完全に行き届く範囲内のことであり、現代日本における一つの都市くらいの大きさがある。
黄泉の国では死んで輪廻転生を待つ人間のほかに天使や死神、聖獣など様々な種族が暮らしている。
黄泉の国では種族ごとに集まって生活しており、この地獄で生活しているのは死神が8割以上で、まさしく死神の巣窟である。
「無料でお配りしてまーす、ぜひいかがですかー」
僕は通る人通る人、だれかれ構わず声掛けをしていた。
もうすでにこの声掛けをはじめて1時間は経過しているが、今のところ立ち止まってくれた人は誰もいなかった。
「それにしても止まってくれないわねぇ」
アキトさんがあからさまに困ったという表情をする。
「…そうだな」
リュウキさんが無表情に同意する。
「まぁ、ここを歩いている人のほとんどが死神、つまり商売敵ですもんね…」
「…そうだな」
地獄の中心街とは、すなわち死神派遣会社のオフィス街ということである。
ライバル企業がオフィスを構え、忙しなく仕事をしているのを横目に、僕たちはビラ配りならぬ人形配りをしていた。
「もぅ、それに場所も悪いわよ!なんでこんな川沿いの人通りが少ないところまで移動させられなきゃいけないのよ!」
「…決まりだから仕方ねぇだろ」
「ほんとに、頭のお堅い死神たちよね…!閻魔様に怒られてないんだからいいじゃない…」
「あははは…」
最初、僕たちがいたのは地獄で一番大きな通路、
1時間前までは。
僕たちはお昼時、最も人通りが多い時間に宣伝活動を始めた。
僕たちの会社、チューリップはまだ設立して1カ月の非常に若い会社である。
そのため僕たちは何より先に会社の名前と存在を広く認知してもらう必要がある。
そこで社長が考えた企画は、社長お手製の紫色のチューリップ人形を無料配布することだった。
「じゃじゃーん、これが僕が2週間かけて手縫いした人形だよ!」
「ずっと部屋に籠ってると思ったら、こんなのを作ってたのね」
「え、凄い量ですね…どのくらいあるんですか?」
「そうだね、ざっと500個くらいかな?」
「500!?」
社長は袋いっぱいに人差し指くらいの大きさの人形を詰め込んでいた。
「それにしても、なんでチューリップなんですか?」
「あぁ、それはね、まずチューリップを縦に半分こします。」
そういって社長は袋から取り出したチューリップをベチリと半分に折り曲げた。
立体の人形だったが、社長が折り曲げた衝撃で中身の綿が凄い勢いで飛び出してきた。
「うわぁ!?ちょ、大丈夫なんですか?」
「たくさんあるし大丈夫、大丈夫」
見た目が少し不気味になってしまった人形を見て、僕が余計なことを言ったばっかりにと申し訳なくなる。
「そして、これを上下逆にすると…」
僕が見やすいようにクルリと反転した人形を顔の前に掲げてくれる。
「ほら!死神みたいでしょ?」
「しにがみ………?」
「下にある花びらの部分が死神で、茎と葉っぱが鎌みたいじゃない?」
「あ、たしかに!」
説明されてから見ると、マントを被った死神、というか幽霊が鎌を高く掲げている姿に見える。
「こうやって見ると、可愛いのよね」
「そうそう、可愛いって大事なんだよ。特に僕たち死神は普通の人間たちに悪い印象を持たれてしまっているからね」
たしかにその通りだ。
死神は教会から斡旋される仕事の他に、死んだ人間から個人的に仕事を依頼されることも多い。
ただ、そのためには派遣会社や死神個人の信頼と実績、そして知名度や人気、親しみやすさが非常に重要となる。
この人形を使って宣伝するならたしかに親しみを持ってくれるかもしれない。
いい案なのかもと思っていると、社長がパチンと指を鳴らす。
「そういうわけで、今からこの人形を協会本部前で配って来てほしいんだ」
「…協会本部?社長、本気ですか?」
これまで聞くだけだったキヨシさんが信じられないというように聞き返す。
「うん、もちろん。なんたってあそこは人が一番多いからね!」
「……それはそうですね。………お前ら、行ってこい」
キヨシさんは早々に半眼で遠くを見つめてしまった。
なんだか嫌な予感がするのだけど…
「あ、あとこれも―」
「……それは?」
そうして、僕たちは死神協会本部の入り口横という、とんでもない場所で人形配りをはじめたのだ。
だけど、ものの数分もしないうちに協会本部から複数人の黒服の死神達が出てきて、あっさり退場させられてしまった。
現世でいうところの不法侵入とか、営業妨害とかにあたるらしい。
僕はよくわからなかったけど、面と向かって口論していたアキトさんは罰則の話が出てきたあたりで分が悪くなって撤退。
最後のあがきで宣伝する場所を提供してもらったのだが、それは人目につかず、何より声が遠くに届きにくい川沿いの橋下だった。
完全に厄介払いだ。
「もぅ、片道2時間もかけて来たのに何の成果も無いのは耐えられないわよ!」
退場させられて以降、アキトさんは通行人がいないときはずっと不機嫌である。
「こんなところじゃどうやったって宣伝にならないわ!やっぱり私、もう一回抗議に行ってくる!」
「ちょ、アキトさん、許可を勝ち取っただけでも十分だと思いますよ。アキトさんがあれだけ粘ってくれたお陰でこの場所で宣伝できてるんですから!」
「でも、そう言ってもねぇ…」
アキトさんが抗議に行こうとするたびに僕が止めているのだが、そろそろ我慢の限界が近そうだ。
「…そもそも」
ヒートアップしているアキトさんとは対照的に、テンションが地の底に落ちているリュウキさんが久しぶりに会話に混ざった。
「…問題はそこじゃねえだろ」
「えぇ?…あぁ、たしかにランチタイムもお終いだものね。時間帯を間違ってるのかしらねぇ」
「そうじゃねぇよ。俺たちに問題があるだろうが」
「あら、その仏頂面が適してない自覚があったのね。意外だわ」
「ちげぇよ!俺たちの格好が不気味すぎるって言ってんだよ!」
「かわいいじゃないの!」
「かわいくねぇよ!暗い紫でしなびたチューリップの被り物のどこがかわいいんだよ!滅茶苦茶こわいわ!」
そう叫ぶリュウキさんの頭部には、チューリップを模した被り物がすっぽりとハマっている。
色は薄暗い紫で、綿の詰めが甘かったのか3つのとんがりは両端が折れ曲がっている。
…パッと見ではチューリップというより、毒々しいお化けのようである。
「……ですよねぇ」
ずっと思っていたことを言ってくれたリュウキさんに小声で同意する。
もちろん、僕の頭にも同じ被り物がついている。
「インパクトがあっていいじゃない!」
この被り物を気に入っているアキトさんは、あくまで外す気も僕たちに外させる気もなさそうである。
何故かアキトさんの被り物は未だに形を保っており、慣れてくるともはや一種のファッションなのではないかと錯覚させられるのだから驚きだ。
これはアキトさんの立ち姿が美しいのか、単純に僕が錯乱しているのかのどちらかだろう。
僕は遠い目をして対岸の道路を見上げる。
僕たちの前を通る人はほとんどいないのに対して、野次馬的に人が集まっている。
協会本部前で騒ぎを起こした、変な被り物の連中がいるとうわさが広まっているのだろう。
ざわざわとしたさざめきがこちらまで聞こえていた。
拝啓 社長様
これは企画倒れというやつじゃないですか?
企画の見直しをお願いしたいです。
…たすけてください。
敬具 新入社員
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