第二幕 死神業界の上と下
第7話 死神業界の上と下 壱
「おかえりー!」
館のドアを開けると、カウンターに座っていた社長が大きな声で出迎えてくれた。
「あら、アオちゃん、珍しいじゃない」
「まぁね」
そう言いながらカウンターの椅子でクルクルと回転している。
「社長、何か飲みますか?」
「うーんそうだなぁ、今日はジュースがいいな!」
「では冷やしてるオレンジジュースをお出ししますね」
「わーい」
キヨシさんは社長に対して、言葉遣いや態度が別人のように変化する。
社会人として、目上の人に対する礼儀としては当たり前なのだろうけど、礼儀では片づけられない何かを感じる。
それに、見た目だけでは立場が全く逆、というか親子のようにすら見えるのだから違和感がすごい。
「お前たちも何か飲むだろ?」
「運動した後だし、冷蔵庫にある紅茶をお願い」
「自分でやる」
「じゃあ僕もオレンジジュースが飲みたいです」
「あいよ」
キヨシさんは流れるようにキッチンでドリンクを用意し始める。
「ユウセイ君、訓練はどうだった?皆、すごく強かったでしょう?」
隣に座った僕に社長が回りながら話しかける。
「はい、まったく歯が立たなかったです」
「ふふん、そうだろう、そうだろう、僕の自慢の社員だからね!」
社長は得意げに回転速度を上げていく。
「ユウちゃんも凄かったじゃない、サイズの三連撃はヒヤリとしたんだから」
「え、三連撃できるのー?すごいじゃんー!」
自分より明らかに実力が上の二人に褒めてもらえてくすぐったい気持ちになる。
…しかし、椅子の回転が速すぎて社長の声が間延びしてしまっていて不気味だ。
「しっかり弾かれましたけどね…」
「それは経験の差ってやつよ」
アキトさんはパチリとウインクをして澄ましている。
すると、丁度水を飲み終わったリュウキさんが通りかかってボソッとアキトさんに向けて一言呟いた。
「いかれた腕力のせいだろ」
アキトさんの澄ました顔が一瞬で引き攣った。
「……あら、妬みかしら?イカレ筋トレ野郎さん?」
「嫌味に決まってるだろ」
「このっ…!」
リュウキさんは何の悪びれもなく無表情で煽っている。
僕に対してずっと年上の余裕を見せているアキトさんだが、リュウキさんはたった一言でアキトさんの余裕を消してしまう。
お互いに怒るツボを知り尽くしているんだろうなぁ。
というか、この二人はなんでこんなに喧嘩ばかりするのだろうか。
いがみ合う理由が気になるが、これが二人の普通なんだろうなと思って触れないことにする。
「…あれ?」
まだ数時間しか経っていないのに、慣れてしまった自分に驚く。
「ちゃんと仲良くなったみたいだね」
僕の心を読んだようなタイミングで社長が椅子を止めて僕を見上げていた。
社長の目元は微笑ましいものをみるようにニコニコとしていて、僕に問いかけている。
「みんな、良い人でしょう?」
「別に私の腕力は一般の範囲内よ!」
「簡単に壁を叩き割る一般人なんていてたまるかよ」
空気感はどんどん殺伐としていってるが、良い人たちなのは間違いない。
というかアキトさん、簡単に壁を叩き割れるのか…怒らせないようにしよう…。
「そうですね、皆、凄く良い人たちです」
「どうだい?ここでやっていけそうかい?」
「はい、もちろんです!」
社長の確認に即答する。
訓練に行く前でも、僕は他に行くところが無かったから即答していただろう。
でも、今はそんな消去法じゃなくて、皆のそばで頑張っていきたいと純粋に思えている。
「そっか、よかった!」
破顔して笑った社長は「ほっ」と言いながら素早く二階に上昇していく。
「いい加減、その歪んだ性根叩き直してあげるわ!外に出なさい!」
「そうだな、俺もどのくらい腕力が付いたのか確かめたかった」
二人の言い争いはいよいよ決闘するという結論が出たようだ。
和解することは無いとは思っていたが、こんなに言い合ってばかりで、仕事とかはいいのだろうか?
死神派遣会社の仕事は、現世にしがみついている魂を黄泉の国に送魂する死神を派遣することだ。それは僕たち死神の存在意義であり、責務となっている。
ただ、それ以外にも黄泉の国でのトラブルや、協会から斡旋された業務、個人依頼を増やすための宣伝、営業など死神派遣会社が請け負う仕事は様々だ。
「二人とも、今日の喧嘩はお預けだよ!」
すると二階に飛んで行った社長が、廊下から大きな声をあげていた。
姿は見えないが、ズドドと低い音が響いて聞こえてくる。
「すぐ終わらせてくる」
「すぐに終わらせるわ!」
しかし、そんな社長の指示も聞かず二人は完全に臨戦態勢になっていた。
二人とも思考回路が似ている…。
5分で戻ると、それだけ言い残して二人は外に出て行こうとしている。
「待ってってば!」
「え?」
社長の少し怒ったような大声と一緒に、何か大きな影が僕たちの頭上を覆う。
何かと見上げると、巨大な白い袋が二階から飛んで行っていた。
サンタさんが持っているような巨大な袋は、丁度入口から出て行こうとしていた二人の真上に目掛けて放物線を描く。
「きゃっ」
「うぉっ」
空中をふわりと飛んでいた割に重そうな袋がドンピシャで二人に命中する。
突然後頭部から巨大な袋をぶつけられた二人はまるでカエルのような体勢で下敷きになってしまった。
袋に遅れて入口の手前に着地した社長は、クルリと翻って全体を見渡して誇らしげに宣言した。
「みんな、1週間ぶりのお仕事だよ!!」
「「「おぉお~」」」
キヨシさんも含めた三人が感嘆の声をあげた。
ただ、僕は乾いた笑みを浮かべることしか出来ない。
………仕事、1週間ぶりなんだ。
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