第6話 死神派遣会社チューリップ 彩
「っ、…あれ?」
「あら、気がついたのね、よかった」
「もう大丈夫か?」
僕は目を覚ますと、前方を歩いているアキトさんとリュウキさんにそれぞれ声をかけられる。
「へ、あ、大丈夫です」
どうやら僕はリュウキさんの一撃で気を失っていたらしい。
返事をする勢いで身体を起こそうとすると、何かにガッシリとホールドされていて身体は動かなかった。
なんだと思い下を見ると、テーブルのように大きな背中があった。
「こらこら、動くんじゃない」
「うぇ!?すみません!」
僕はキヨシさんに背負われていた。
「今すぐ降ります!」
「屋敷につくまで降ろさんぞ。降りれるものならおりてみるとええ」
「ぐぇ」
キヨシさんの両腕によるホールドがさらにキツくる。
「思ったより復活が早かったな!やはり若いのは元気でいい!」
ガハハッと大きな声で笑っている。
それを聞いて僕は意識を喪失したことを改めて認識する。
僕達死神は既に死んでいる存在である。
そのため、怪我をするような攻撃を受けても傷が出来ることはないし、血を流すこともない。
ただし、一定以上の痛みを感じた場合、脳の反射で気を失ってしまう。
それは人間の身体を保っている以上どうしようもない反応なのだ。
訓練校で教官に扱かれてた時は毎日のように意識を失っていた。
まだ卒業して間も無いのに、なんだか懐かしいと感じてしまう。
そんなことを考えていると、リュウキさんがスピードを落として近づいてきていた。
「すまなかった」
リュウキさんは眉をしかめながら僕に謝罪した。
突然のことに驚いたが、訓練で僕の意識を失わせてしまったことを謝罪しているのだとすぐに気付いた。
ただの訓練で意識喪失するまで戦闘することは普通はありえないことなのだ。
僕は鬼の教官のせいでその感覚が鈍っている。
「そんな、謝ることじゃないですよ!僕がソウルズを使えないことを黙ってたのが悪いんですから!こちらこそすみませんでした」
でも、その謝罪を受け取る訳にはいかない。
今回は、僕が失望されるのが怖くてソウルズが使えないと伝えていなかったのが悪いのだ。
「そうか」
リュウキさんは言葉少なく僕の発言を受け止め、正面を向き直る。
「ということはユウちゃん、やっぱりそうなのね?」
アキトさんが僕に少し遠慮気味に確認してくる。
そう、とはソウルズが使えないことだろう。
初めから隠すつもりは無かったが、最初から言えるほどの勇気も無かった。
もう既にバレていると分かっていても、自分の口で伝えるとなると、心臓が嫌な跳ね方をする。
でも、もう隠すことはできない。
「………はい、僕は、ソウルズが使えません」
自己紹介で最も言うべきだったことを、今になってようやく白状した。
どんな反応をされるのだろうか。
ソウルズを使えないことは死神として致命的だ。
ただ武器を使えないというだけではない。
鎮魂の仕事をもらえないのだ。
今の死神業界は分業化が進んでいる。
死神派遣会社もそれぞれの会社で得意不得意が別れ、さらに死神個人でも得手不得手が細分化する。
死神派遣会社が仕事を受注する方法は大きく2つなのだが、そのうち1つが死神協会からの斡旋だ。
死神協会は閻魔様が黄泉の国に設立した団体で、派遣会社制度が根付く前までは全ての死神が協会から直接仕事を貰っていた。
協会は、事前に鎮魂する魂がどんな魂なのかという情報を集め、その魂に対してどのソウルズが最適かを精査し、鎮魂依頼を割り振る。
各会社への割り当ては、会社の規模や実績に合わせて変動する。
そして、個人への割り当ては実績も大事だか、何よりソウルズが最も影響するのだ。
だから、僕は死神として弱いだけでなく、死神派遣会社の社員としても全く使えないのだ。
「そうだったのね」
「………」
アキトさんは優しい声音で、リュウキさんは無言でそれぞれ僕の告白を受け取った。
2人の表情が見れなくて、僕は顔を上げることがてきなかった。
「なんだ、そんなことだったのね」
アキトさんは少しホッとしたような口調でそんなことと言ってのけた。
「え?」
「軽く見てるとか、そういうわけじゃないの。ただ、苦手なことくらい誰だってあるのよ。それが、ユウちゃんはソウルズだった。そんなの食べ物の好き嫌いと対して変わらない、ユウちゃんの個性じゃない」
苦手なだけ、好き嫌いと一緒。
そんな風に考えたことは無かった。
…ただ、僕の苦手は迷惑をかけるものだ。
「でも、ソウルズが使えないのは、死神として致命的なんですよ。個人の仕事の斡旋はもらえませんし、戦力にもなれな―」
「―あれだけの鎌を操る能力、三連撃も出来るんだ、戦力にならないわけがない」
「…」
リュウキさんが僕の言葉にかぶせて反論する。
驚いてリュウキさんの方を見ると、リュウキさんも僕の方を振り返り、真っすぐに見つめていた。
強く訴えるように真っすぐな目線に僕は引き込まれる。
「ユウちゃんがソウルズを使えないこと、それは確かに事実なのかもしれないわ」
アキトさんの方を向く。
背負われている僕と同じ目線で僕を見据えていた。
「でも、事実ってそれだけじゃないでしょ?」
凄く優しい、ひどく安心させられる表情だった。
「卒業試験で筆記満点をとったこと、訓練校で三連撃を身に着けたこと、チューリップに入社したこと。―そして私たちがユウちゃんのことを同僚として、一人の死神として認めていること」
その言葉にきゅっと心が握られる。
「………みとめてくれるんですか?」
無意識に、確認するように、僕の口から声が洩れていた。
「当たり前よ!さっきの訓練で期待外れとか、使えないとか、そんなことを私たちが感じたと思ったの?」
アキトさんは、当たり前だとはっきり言ってのけた。
少し眉をしかめて、窘めるように人差し指を僕に向ける。
「私たちはね、真面目で、素直で、誰よりも努力してきたユウちゃんを見せてもらったのよ。そんなの、好きになるに決まってるじゃない」
アキトさんの言葉が僕の中に広がっていく。
「ユウちゃんはさっき一度も後ろを向かなかった。言い訳をしなかった。そんなユウちゃんは前に進み続ける、すっごく強い死神じゃない」
「ソウルズが使えなくても、あなたは強い死神なのよ。」
「っ…!」
「私たちはユウちゃんがチューリップに入社してくれてよかったって、強い死神が入ってくれたって、心の底から思っているのよ」
アキトさんはにっこりと微笑んで。
「これを認めると言わずして何と言うのかしら?」
好きだなんて、強いなんて、認めているなんて、そんなこと考えたこともない。
でも、アキトさんはそうだと、リュウキさんも、キヨシさんも―
僕を死神として認めてくれる。
リュウキさんの真っすぐな目が、アキトさんの優しい言葉が、キヨシさんの大きな背中が、僕の中にあった欠落を覆っていく。
「これだけたくさんの大切な事実があるんだから、ソウルズが使えないなんて、些細なことなのよ」
アキトさんは伸ばした指でトンッと僕の額を突く。
「それでも気になるっていうなら、ワシがソウルズが使えるようになるまで、毎日稽古してやるぞ!」
キヨシさんが僕をヒョイッと背負い直す。
「訓練ならいつでも付き合う」
リュウキさんがスッと僕に目線を向け、頷く。
そのすべてが暖かくて、優しくて。
ありがとうございます、という言葉も言えないほどに僕は嬉しかった。
「…他にはもう無いな?」
「はぃ、もぅ、大丈夫です…」
「改めて、よろしくね、ユウちゃん?」
「ょっ、よろじぐ、おねがいじまず――」
ようやく僕は死神だと、認めることが出来た気がした。
ずっと僕に溜まっていた重たいものは、涙となって消えていった。
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