第5話 死神派遣会社チューリップ 伍

「ま、まいりました…」

「そこまで!」


 僕は地面に膝をつき、何とか自分の身体を鎌で支えていた。


 訓練の結果はアキトさんの圧勝。僕は結局最初の三連撃が一番惜しかっただけで、それ以降は一振りも攻撃が通ることは無かった。


「ふふ、楽しくなっちゃって、少し厳しくしちゃった」


 そう言うアキトさんは一滴の汗もかいておらず、少し頬が上気しているくらいだった。


「ごめんね?」

「いえ、ありがとう、ございました…」


 朗らかに謝るアキトさんと、息も絶え絶えな僕とでは隔絶した実力差がありありと分かる。


「それにしても驚いたぞ、三連撃とは!」


 丘の上からキヨシさんが大きな声で労ってくれる。


「そうよ!さすがは最終試験満点者ってことかしら?」


 アキトさんもキヨシさんに相槌をうって、僕に詰め寄ってくる。


「いや、ほんとにあれだけですから」

「これは次も期待できるわね」


 そう言いながらアキトさんは僕に手を差し伸べてくれる。


 アキトさんの期待を感じ、疲労とは別の鬱蒼なモヤが胸を走るが、それが口から出ることはなかった。


 素直な期待に応えられないこと、彼らを騙していることが、僕の喉奥をグッと締め付ける。


 どうせすぐにバレるのは分かっている。


 それでも、それが怖くて怖くて、隠すことしか出来ない。


 自分の口から打ち明けられない。


 ありがとうございます、と言いながら手を取って立ち上がる。


「大丈夫?」


 またしてもアキトさんは不思議そうな顔をして僕を心配してくれる。


「はい、大丈夫ですよ」


 僕は暗い感情を表に出さないようにしたつもりだったが、アキトさんは本当に察しが良い。明るく答えて何ともないことを伝える。


「じゃあ次は俺とだな」


 ふと聞こえた声の方を見ると、僕よりも汗だくのリュウキさんが丘の上から降りてきていた。


「なんでそんなに汗かいてるのよ…」

「ウォーミングアップだ」

「加減ってもんがあるでしょうに…」


 フーッと息を吐いて近づいてくるリュウキさんは、アキトさんの余裕さとは別の意味で威圧感と強者感がある。


「ユウちゃんが訓練終わってすぐなんだから、もう少し待ちなさい」

「大丈夫です、やります」

「え?ほんとに?」

「はい、がんばります!」


 アキトさんが気遣ってくれるが、僕はなるべく早く始めたかった。


 少しでも怪しい空気を醸し出したら指摘されるのが分かったため、元気に意気込む。


「よし、いい意気込みだ。さっきと同じ位置でいいな?」

「はい」


 リュウキさんはどこか満足げに頷くと、僕に位置につくように促してきた。


「そう?ならいいのだけど、無理は禁物よ、ユウちゃん」

「ありがとうございます」


 がんばってー、と手を振りながらアキトさんは丘の上へと登っていく。


 その後ろ姿を見送って僕は位置につく。


「俺とはソウルズを使った実践形式の訓練だ」


 ソウルズ、その言葉を聞いて少し息が詰まる。


 ソウルズとは、僕たち死神が扱えるデスサイズとは別の武器のことである。


 デスサイズは閻魔様が死神に与えたものであるのに対して、ソウルズは僕たちの魂を具現化したものである。


 そのため、武器の種類は個人個人によって様々で、刀、槍、銃、弓など有名なもの、傘や鉛筆、果てにはスマホなどとても武器とは思えないものまで幅広い。


 使用用途もバリエーション豊かで、一概にどの武器が強いということは無く、持ち主が自由に使いこなせるかどうかが重要になる。


「サイズの使用は禁止。細かいルールはさっきと同じで訓練校と同様だ」


 リュウキさんの説明を聞いて、軽く頷く。


 アキトさんとの訓練の時の緊張とは違う、嫌な感覚が僕の内側からふつふつと湧き上がる。


 この感情は、不安と、焦り、そして劣等感だ。


「いいな?」

「………はい」


 僕は今から自分の欠点がバレることになる。


 何度も経験してきたはずなのに、怖い。


「キヨシさん、合図を」

「承知した」

「ユウちゃん、がんばってーー!」


 三人と同じ丘に立っているのに、聞こえてくる声はとても遠くに感じてしまう。


 アキトさんたちはたぶん僕が死神として致命的な失敗作だということを知らない。


 それどころか僕に期待してくれていて、その期待を裏切ることもわかっていて、申し訳なくて、幻滅されるんじゃないかって。


 自分の不甲斐なさに拳を握りしめる。


「最初から全力でこいよ」

「はい」


 この会社ではおそらく社長だけが知っている、僕の欠陥。


「両者構え!」


 右手を胸の高さに持っていき、目を瞑る。


 小指にハマっている黒い指輪に左手で触れながら、縋る。


 今日だけでもいいから、どうか。


「―――始め!」


 目を見開き、さっきと同様に一直線に走り出す。


 右手を引き絞り、オーラを篭める。


 リュウキさんは両手に鈍器のようなソウルズを持っている。


 突っ込んで来る僕を瞬きもせずに見据えている。


 間合いに突入する寸前になっても、僕のソウルズであるはなんの反応も示さない。


 だめか…。


 いや、分かっていた。


 今更、使えるようになるなんてありえない。


 それでも、悔しさで頭がカッと熱くなる。


 僕の脳裏にトラウマが駆け巡る。


 大勢の目の前で、使えません。と、頭を下げたあの景色が。


 どこかから聞こえてくる、ざわめきと嘲笑。



 僕は卒業試験で、筆記では満点をとった。鎌操術でもトップ3に入った。


 そして、最後のソウルズの試験で、僕は0をとった。


 その結果、僕は


 僕の落ちこぼれの烙印は、今も深く心に食い込んでいる。



 僕のオーラだけを薄く纏った拳は、リュウキさんには届かない。


 急に膨張した真っ赤な光で視界が染る。


 それと同時に耐えきれない程の熱を腹部に感じながら、意識が遠のいていく。




 僕は、死神でただ一人、使


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