第4話 死神派遣会社チューリップ 肆

「今日はいつにも増して綺麗ね」

「ワシが水やりをした直後だからな、花たちも踊っているのだろう」

「そうなのかもしれないわね」


 丘の頂上にある木の陰に座っているキヨシさんの快活な声が聞こえてくる。

 

 10分ほど屋敷の裏の道を進むと、頂上に形の綺麗な木が生えた、小さな丘がある。


 その丘は中腹で1度平になった後もう一度盛り上がった形をしており、まるで椅子のような形の丘だ。


 キヨシさんとリュウキさんは丘の頂上、僕とアキトさんは丘の中腹にそれぞれ別れている。


 丘の中腹とは言っても、地上から10m以上の高さがあり、僕の位置からでも屋敷の周りのチューリップ畑が一望できた。


 一面に咲き誇ったチューリップの雄大な色とりどりのカーペットは、風が吹くたびに魅せる表情を変えている。


 あまりに綺麗だったのでつい丘を登る坂で立ち止まってしまったほどだ。


 これがただのピクニックならどれほど幸せだっただろうか。


 穏やかで綺麗な景色とは対極にあるような音と存在感が僕の数メートル上から発せられていた。


 リュウキさんはウォーミングアップとは思えない量の運動をこなし、その口から蒸気機関のようなフシュ―ッという音が漏れている。


 身体からは周囲の温度が上がっているのではないだろうかと思うほどの熱量を遠目からでも感じる。


 そう、この絶景の丘は死神派遣会社チューリップの訓練場なのだ。


 つまり僕にとって絶望の丘である。


「さて、そろそろ始めましょうか」


 アキトさんは僕の方に振り向き、どことなく充実した雰囲気で僕に話しかける。


「…はい」

「ちゃんと加減してあげるから大丈夫よ」


 そう言いながら両手を円を描くように回転させる。


 円を描き終わると同時に、どこからともなく現れた巨大な鎌がアキトさんの両手に握られていた。


 それを見て僕も両手を前に出し、手を軽く握って自分の身長よりも大きな白い鎌を何も無い空間から掴み取る。


 僕の鎌を見て、まぁ、という感嘆の声がアキトさんから漏れる。


 僕らが手にしたこの鎌は死神の代名詞である死神の鎌、デスサイズだ。


 死神の象徴とされてきた生者の命を刈り取るとされる断命の刃は、やはり僕たちのメインウェポンだ。


 鎌やサイズと略して呼ばれることが多い。


 死神は誕生するときに2つの武具を授かる。


 そのうちの一つがこのデスサイズであり、細かい意匠や重さは違えど皆人間一人分はある大きさの鎌を閻魔様から授かっている。


「とても綺麗なサイズね」


 僕の鎌は真っ白で細く、非常に軽い鎌となっている。僕の筋力や体格に合わせたデザインだ。


 そして光を透き通し、透明に近い白刃はまるで水晶のようで僕の自慢の鎌だ。


「アキトさんのもカッコイイですよ」

「ふふ、ありがとう」


 対して、アキトさんの鎌は黒と紫の混合色で、柄には何かが巻きついたような装飾がある。


 陽の光を浴びた刃はアメジスト色に発光しているようだ。


「それにしても白いサイズなんて初めて見たわ。まだオーラは纏ってないのに輝いて見えるわね」

「ありがとうございます」


 アキトさんは褒めるのが上手だ。


「………」


 意味のある沈黙が丘を登る。


「……そうね、じゃあ始めましょうか」


 そう言うとアキトさんのデスサイズがはっきりと紫色に発光し始めた。


(強いオーラだ…)


 僕たち死神はノルマを達成するまで半永久的にその魂を地獄に捧げなくてはいけない。


 これは閻魔様との契約であり、死神は皆閻魔様に誓いを立てている。


 そして、その見返りとして神と相違ない能力、人の命を刈り取る力としての力を与えられる。


 それがオーラである。


 オーラは僕たち死神が操ることを許された特別な力で、武器や身体に纏わせることが出来る。


 オーラは纏わせた対象の存在を一時的に神の領域に近づけるというものであり、使用者の技量と意識に応じてその効果は多岐にわたる。


 オーラの色は契約した瞬間から一人一色決まっており、その色が黒に近ければ近いほど強力だと言われている。


 オーラの色の種類は生まれながら決まったものであり変えることが出来ない。


 しかし使い続ければ使い続けるほどオーラの色はどんどん濃くなり、明確に、そして協力になっていく。


 アキトさんのオーラは黒に近い紫色、その濃さは訓練校で見たこともないほどに明確だ。


 それだけでアキトさんがとても腕利きの死神であることが分かる。


 そのことを改めて理解して生唾を飲む。


「私はあなたの鎌操作技術を測らせてもらうわね。ルールは鎌以外の攻撃は体術のみ。サイズにオーラを纏わせた状態での戦闘、まぁ訓練校の実戦形式と同じだと思ってもらえればいいわ」

「わかりました」


 それを聞いて僕も鎌にオーラを纏わせる。ほのかな白い光が鎌の全体に広がる。


 アキトさんと比較するとかなり弱い光だ。


 これだけで戦わなくても分かるほどに大きな差があることが分かる。


 勝てるとは全く思わないが、一振りくらいは攻撃を決めたい。


「それじゃあ、クマさーん!合図おねがーい!」

「あいよ、まかされた」


 アキトさんはリラックスした表情で僕を見据えている。


「最初から全力で打ち込んでらっしゃい?」


 その言葉に僕は頷くだけで承知したことを伝える。


「両者構え!」


 キヨシさんの声に合わせて腰を下げ、鎌を水平に倒す。


 僕の一振りが届き得る可能性があるとすれば、初動だけだ。


 アキトさんとの間合いを測り、イメージする。


 何度も訓練してきた。やれるさ。


 アキトさんは緩く刃先を前方に掲げている。


「――はじめ!」


 合図が聞こえると同時に全速で距離を詰める。


 間合いに入るギリギリで溜めを作り、一気に跳躍。


 アキトさんの刃先の向きとは逆向きに鎌を持ち上げ、微動だにしていない首元へと。


 届くことはなく、空を切る。


「いい動き出しね」


 全く目で追えなかったが、アキトさんは刃の通過するタイミングで上体を逸らしていた。


 いつの間にと驚かされたが、僕の身体に染み付いた型に淀みはない。


 空振りした遠心力を利用して加速、軸足を蹴りあげさっきよりも早い速度で回転斬りを。


「おっと、危ない」


 二振り目が首元に迫り、アキトさんの口から少し驚いた声が漏れる。


 しかし、アキトさんは1歩退くだけでそれを避ける。


「惜しかったわね」


 アキトさんの体勢を崩すことも出来なかったが、1歩だけ後退させることができた。


 十分だ。


 自分の身体が前に倒れそうになるのを、着地で支え、逆足で離れた1歩を詰める。


 僕の鎌はそこで更に加速する。


「ッ!?」


 アキトさんが息を飲む。


 僕の最速、最強の一振りだ。


 デスサイズは非常に重く、大きな武器である。


 そのため、一撃一振が致命傷になるほど強力だ。


 その反面、連続攻撃には向かない。


 特に大振りの攻撃を同一箇所に連続で行うことは相当に難しい。


 練度を高めてようやく二連撃が打てるかどうかだ。


 しかし僕なら、いや。僕の鎌なら、首元に正確に三連撃を浴びせることが出来る。


 何も無かった僕が教官から授かった唯一の武器。


 異常なまでに軽く、細い、僕の鎌だから実現できる。


 


 この一撃は反射で避けることは間に合わない。


 完全なる初見殺しだ。


 これはいくら力量差があろうと、関係無い。


 僕の攻撃を認識して更に後退しようとしたアキトさんの体勢は完全に崩れている。


 いける…!


 そう確信した瞬間


 ギィィン!!!


 耳を劈くような金属音と大きく震える衝撃が両手に伝わる。


「なっ!?」


 アキトさんは僕の渾身の一撃を、手首を返すだけで、鎌の末尾を使って完全に受け止めていた。


 信じられない。


 僕のこの一撃が初見で防がれたことなんて、今まで1度も無かった。


 それにアキトさんの体勢は完全に崩れている。アキトさんの片足はもはや重心を支えられないはずだ。


 つまり、アキトさんはで全ての力を受けきってしまったのだ。


 バケモンだ…


 直接返された衝撃に耐えきれず、僕の鎌と身体は垂直に弾かれる。


「三連撃なんて、初めて見たわ!思わずサイズ出しちゃった!」


 その声に合わせてアキトさんの周囲に緑色のオーラが迸る。 


 もはや乾いた笑いが出て来る。


 どこまで強いんだろうか、この人は。


「さぁ、続けましょう?」


 そう誘うアキトさんは、興奮した様子で、宙に弾かれた僕を見上げて笑っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る