第3話 死神派遣会社チューリップ 参

 ……………。



「社長!?」

「社長だよー」

「そうなんだ…いやっ、そうなんですねっ!」


 気の抜けた声でそう返される。


 先ほどのドアに弾かれた以上のショックを受けているのに、なんてことないように言われると情緒が追い付かない。


 というか慣れない敬語が追い付かない。


「そんなに硬くならなくていいよ、話しやすいようにしてね」

「はい…」

「まぁでも仕方ないよ。

 なんたって社長だもんねっ」

「社長、できましたよ」

「おぉー、美味しそうだ。ユウセイ君も一緒に食べようか」


 ふふふと得意げな表情を浮かべつつも、その目線は手元に出されたパスタにすぐに引き寄せられている。


 ほんとに少年のようだ。


 僕は混乱しながらも無心でパスタを口に運ぶ。…あ、おいしい。


「今日もおいしいよ、ありがとねキヨシ君」

「恐縮です」


 社長が部下を君付けで呼ぶことは正しいことなのだろうけど、目から入ってくるのは少年が大男に向かって君呼びしている状況で、またしても変な気持ちになる。


 ……おいしい。


「ねぇ、ユウセイ君」

「あ、はい」

「パスタ食べながらで申し訳ないんだけど、今から入社面談をしようと思います。なんと社長面談です」

「えっ、そんなのあるんですか?」

「あるんです」


 カラン、と持っていたフォークをお皿の上に落してしまう。


 入社面談があるとは思っていなかった。


 どうしよう、自己紹介以外なにも準備してきていない。


「そんなに不安にならなくていいよ。僕の質問に素直に答えてほしいだけだから」


 素直に答えるってどういう意味なのだろう…


 模範解答を考えて答えられる自信は無いけど、素直に答えたらしょうもないと思われてしまう気がする。


 すると、右肩にポンとアキトさんの手が置かれる。


「ほーら、肩の力を抜きなさい?……もう、そんな唐突に社長面談なんて言ったらこうなるに決まってるじゃない」


「あはは、言ってみたかったんだぁ」


「ユウちゃん、ほんとに気にしなくていいのよ?あなたはもう入社してるうちの新人なんだから。アオちゃんがあなたについて知りたいだけなのよ」


「うん、そういうことだね」


 ほっと胸を撫でおろす。


「それじゃあ、一つ目の質問だよ。死神の役割とはなんでしょう」


 かなり抽象的な質問で、概念的なことを答えればいいのか、現実的なことを答えればいいのか分からなくなりそうだ。


 ただ、さっき言われたことを信じて、素直に答える。


「死神の役割は、天使が黄泉の国へ送ることができない魂を代わりに浄化して送魂することです」


 この世界では死んだ人間の魂が彷徨うことの無いように、例外なく天使が黄泉の国へと送り届けている。


 そしてその魂を送る行為は送魂と呼ばれている。


「どうして天使が黄泉の国へ送ることが出来ない魂があるのかな?」


「それは、現世に非常に強い未練が残っている場合、魂が天使に抵抗するからです」


「うんうん、その通りだね」


 そう言って頷き、社長はパスタを一口パクリと食べる。


「それじゃあ、その魂を放置したらどうなるのかな」


「現世に残した未練を晴らすために、具現化した魂が現実に干渉する、悪霊と呼ばれる存在になります」


「ふむふむ」


 またパスタを一口。食事中にする雑談のように、あるいは先生との問答のように面談はすすむ。


「どうして悪霊になったらダメなのかな」


「悪霊は未練を晴らすために手段を選びません。事故や災害といった形で現世に危害を加えてしまい、放置し続けると最悪大勢の人間が死ぬことになります。そのため、悪霊が現世に影響を及ぼす前に阻止しなければなりません」


「なるほど、それは確かに大変だ」


 このように悪霊を鎮める行為は【 鎮魂 】と呼ばれている。


「悪霊を鎮魂し、その魂を黄泉の国へと送魂することが僕たち死神の存在意義です」


 つらつらと指導教本にのっている解説を暗唱する。


 社長からの問いかけに対する答えは僕たちが死神訓練校で耳にタコができるほど聞かされてきた内容だった。


 とくに「悪霊を鎮魂し、その魂を黄泉の国へと送魂する」という文言は僕たちの唯一の存在意義である。


「ほんとに完璧な解答だ、よく勉強したんだね」

「大事なことですから…」


 卒業試験でも記述問題で問われるほどに僕たちの存在意義は重要なものだ。


 この問答もこの言葉を引き出すためのものだったのかもしれない。


 初心を忘れるなということだろう。


 僕の回答にうんうんと相槌を打ちながらスルスルと食べ進めていた社長のお皿には、もうパスタはほとんど残っていない。


「さすが、卒業試験筆記満点ってところかな?」

「うっ…」

「あら、ほんとに⁉すごいじゃないの!」

「ほかにも満点の死神はいますから…」


 ニコリと社長は微笑みながら僕と目を合わせる。


 それを聞いてアキトさんが口に手を当て、目を見開き、お手本のような驚き方をしていた。


 たしかに、筆記試験では満点をとったのだけど、それを誇れるほど僕は優秀ではない。


 だから、なんとなくバツが悪くて作り笑顔を浮かべてしまう。


 アキトさんはそんな僕の表情を見て少し首をかしげる。話題を反らさなければ。


 そんな風に焦っていると、社長が得意げな顔で僕の肩をぽんぽんと叩きながらアキトさんに自慢する。


「ふふん、僕の会社の期待の新人君だからね!筆記試験満点くらい朝飯前の頭脳を持っていて当然さ!」

「死に物狂いの満点でしたよ⁉」

「じゃあ満点をとるまで努力できる強い意志の証明じゃないか!」

「あ、ありがとうございます…」


 こんなにストレートに褒められるとさすがに照れてしまう。


 強引な褒め方のように感じるが、強制されているようには感じないのは歳の差のせいだろうか。


 パスタを食べる姿は子供っぽいのに話している姿はとても遠い存在のように感じる。


 社長は最後に残っていたパスタをすべてフォークで巻き取ると身体ごと僕の方を向き、パスタがぐるぐるのフォークの先を僕に向けた。


「そんな君に最後の質問だよ」

「えっ」


 さっきの死神の存在意義に関する問いかけで入社面談は終わったと思っていたので、不意を突かれてかたまってしまう。


 社長は紺碧の瞳で僕をまっすぐに捉え、今までより静かに、それでもはっきりと僕に問いかけてきた。


「死神は死者に対して何ができる?」


 …死者に対して?


「悪霊として現世に残らないように…」

「それは死者のためなのかな?」


 ちがう。


 悪霊として現世に残らないようにするのは現世に生きている人間のため—そして、僕たち死神自身のためだ。


「………」

「死神があらたな魂に転生するために、そして生きている人間が安全に生きられるために、僕たちは死者の魂を鎮魂している」


 死神は一定量の魂を鎮魂する、もしくは多大な功績をあげると閻魔様によって転生させてもらえるのだ。


 だから僕たち死神は少しでも多くの魂を自分の手によって鎮魂しなければならない。


「ならば、鎮魂される死者はどうだい?生きたいと、死ねないと、大きな未練を抱えたまま死んでいった人々のために僕たち死神は何ができるのかな?」


「それは……」


「むしろ、死者のためを思うなら鎮魂なんてしないほうがいいかもしれないよね」


 その通りだ。どうしようもないほどに正論だ。


 僕は死神訓練校で鎮魂は絶対の正義であると学んできた。


 今この瞬間までその考え方に疑問を抱くこともなく、まるで自分は正義の味方、ヒーローになるのだと勘違いしていた。


 そんなことはない。むしろ僕は死者にとって間違いなく敵だったのだ。


 なら、死神は…



 ―カランッ



「おいしかったー、ごちそうさまでした」


 そんな僕の思考を断ち切るように社長は綺麗に完食したお皿の上にフォークをおいた。


 手を合わせて丁寧にごちそうさまをすると、すくりと立ち上がって僕の前に立って―


「びしっ!」

「あたっ」


 僕の額に軽くデコピンをしてきた。


 ……人差し指だけだったのにしっかり痛いんですけど!?


「その答えが見つかったら聞かせてね?」

「…はい」

「正解は君だけのものだから、ゆっくり探してごらん」


 そういって微笑む表情はこれまでに無い慈愛に満ちたもので、悩みが溶かされていくようだ。


 本当につかみどころのない社長だが、もうすでに敵わないなぁと思わされている。


「わかりました」

「うん!それじゃあ改めてこれからよろしくね」


 無邪気な笑顔でそう言うと、ふわりと社長は浮かび上がった。


 なんかほんとに何でもありなんだなこの社長は…


「僕はこれから作業に戻るよ!もうすぐ完成しそうだからまっててねー」

「アオちゃん、そろそろ何してるのか教えてくれてもいいんじゃないかしら?」

「できてからのお楽しみだよ」


 社長は二階の手すりに腰掛けて着地すると、僕たちを見下ろしながら最後の爆弾を投下した。


「それじゃあ、みんなはこれからユウセイ君の入社試験(実技)にいってきてくださーーい」

「えぇ!?きいてないですよ!」

「サプライズだよ?仲良くなってきてねー」


 それだけ言い残して社長は奥へと消えていった。


 まさか新入社員の僕が「余計なサプライズですよ!」なんて言えるはずもない。


 …いよいよ本当にこの会社に正規雇用されているのか心配になってきた。

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