第2話 死神派遣会社チューリップ 弐

「あっはっはっは、申し訳ない。つい勢い余ってなぁ」

「そんな、全然、入り口で立ち止まってた僕も悪いので…!」


 屋敷の奥にあるカウンター席に座った僕に、とんでもない勢いで扉を開けた大きなおじさんが話しかけてくれる。


 カウンターの奥で野菜をゴトゴト切りながら。


「いっつも注意してるのに直さないこの人が悪いのよ。…私もごめんなさいね、初対面なのにあんなにグイグイしちゃって」

「いや…まぁ…はい」

「私は本当に怖かったのね…」

「あっ、すみません…」

 

 露骨に反応に違いが出てしまった。いや、怖かったのは違いないのだけど。


 そうしていると緑髪の男の人がスッと横からコーヒーを差し出してきた。


「ブラック、飲めるかしら?」

「わぁ、ありがとうございます」


 コーヒーだなんて久しぶりで香りだけで幸せな気持ちになる。


 湯気がゆらゆらしている熱いコーヒーをそっと口に運び、少量ずつ飲む。


 熱と湯気に負けない豊かな苦みが口に広がり、乾いた口を潤してくれる。


「おいしいです」

「ふふ、ならよかった」


 頬杖をついてこちらに微笑んでくる姿は優しさしか感じられず、いったい何に怯えていたのか疑問に思ってしまうほどだ。


「あなた、今日からうちに所属する新人さんということでいいのよね?」

「あっ、そうです、ごめんなさい!自己紹介が遅れてしまって」

「そんなに慌てなくていいのよ、時間はたくさんあるんだから」


 ちゃんと自己紹介からしなくてはいけなかったのに、何を呑気にコーヒーを味わっていたのだろうか。


 カップをカチャリと置いて、高い椅子から降りる。


「死神訓練校から来ました、白才ユウセイです。企業所属も初めての新人で、何もわからないことだらけですけど、よろしくお願いします!」


 自己紹介をして頭を下げる。肩を叩かれ、僕が顔をあげると銀髪の人も椅子から降りていた。


「あなたの先輩になる、不虞刺ふぐさしアキトよ。アキトさんでも、アキちゃんでも好きなように呼んでちょうだい」

「じゃあアキトさんで」

「なら私はユウちゃんって呼ぶわね」

「おぅ…」


 いきなりちゃん付けで呼ばれることには違和感があるが、ユウちゃんは語呂が良くて呼びやすいかもしれない。不思議と嫌悪感は無い。


「ほら、あんたも自己紹介しなさいよ。先輩なんだから」


 アキトさんがフロアの奥の方に呼び掛ける。その方向に振り向くと、赤髪の人が非常にゆっくりとした動きで懸垂を続けていた。


 その身体は汗だくで、熱気がこちらまで伝わってきそうだ。


「ッフー、ばんか、ッフー、リュウキ、ッフー」


 息継ぎの合間にわざわざ名前を名乗ってくれている。


「ッよろしく、ッフー」

「あ、よろしくお願いします」

「自己紹介の時くらい筋トレやめなさいよ…」


 筋トレの片手間によろしくと言われているのに、筋トレのこだわりが原因の喧嘩を見たせいで、「筋トレの大事な時間を割いてくれているのか…」と少し申し訳なく思ってしまう。


 ふと浮かんだ疑問をアキトさんに投げかける。


「あの、ばんかってなんですか?」

晩茄ばんか、トマトの日本名のことよ。可愛いらしいわよねー、ね、トマトちゃん?」

「ッフ―、だまれ、ッフー、フグ刺し」

「……不虞刺ふぐさしよ」


 ふぐさし?あ、なるほど、魚のフグの刺身のことなのか………。


 ちらりと覗いたアキトさんの頬がひくついている。


 …この話題は避けた方が良さそうだ。


「あ、じゃあ同じ世代なんですね」

「…あら、そうなるのかしら?あなたの苗字は何がモチーフなの?」

「ハクサイ、白菜です。よくお鍋に入ってる」

「ああ、なるほど、白菜ね。これまた安直なネーミングだこと」

「そうですよね…」


 僕たち死神は人間から転生する際に閻魔様から名前をいただくことになっている。


 名は人間の時の名前なのに対し、姓は閻魔様が一人ひとり考えて名付けている。


 しかし、死神の名付けは古代から続いている慣習であるが故、現代では深刻なネタ不足となっているようだ。


 そのせいで、モノにあやかった名付けとなっている。


 さらに、閻魔様にはジャンルごとにブームがあるようで、死神の間ではジャンルに応じた世代の区別化が行われている。


 現在は野菜がブームであるため、僕を含めた新人は野菜世代と呼ばれている。


「白菜とトマト...。たしかにあなたたちは野菜世代で同世代になるわね…。それにしても、もう少しどうにかならないものかしらねぇ?」

「あはは…」


 ちなみにアキトさんはふぐ刺しなので一つ上の世代の魚介世代、更に魚介の料理名であるため、特に終盤に名付けられた死神ということが分かる。


「ワシは分かりやすくていいと思うがなぁ」

「そりゃ、クマさんはいいでしょうよ。それらしい立派な名付けしてもらってるんだし」

「はっはっは、積んできた徳の差よ」


 アキトさんが目を細めながら非難するのを正面から受け止め、クマさん(?)がグルンとこちらを振り返る。


「ほい、トマトと白菜のパスタだ」

「わっ、ありがとうございます」

「おう、残すのは厳禁だからな」


 目の前に山盛りのパスタが出される。上に載っているトマトと白菜で下のパスタが完全に隠れてしまっている。


 それでも漂ってくる胡椒の少しツンとした匂いに食欲を刺激され、丁度よい量なのではないかと思える。


「ワシの名前は熊谷くまがやキヨシ。ここの副社長だ。普段は野菜と花の世話をしているか、飯を作っているから、何かあったら畑かキッチンを探してくれ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」


 挨拶とともにバッと伸びてきた右手を両手でしっかりと握りしめる。


 キヨシさんの手は僕の手が隠れてしまうほど大きく、アキトさんやリュウキさんより遥か年上であることを強く印象付けられる。


 熊谷という苗字はおそらく動物がモチーフになっているため、大雑把に100年以上は年上の世代のはずだ。


 死神訓練校でしこたま扱かれた教官と同じ世代であり、独特の緊張感と安心感を感じる。


 ……というか、畑仕事と料理って本当に派遣会社の副社長がする仕事なのだろうか。


「ほら、冷めないうちに食え。アキト、リュウキ、お前らも朝飯だ」

「はーい」

「ッフー、うす」


 アキトさんとリュウキさんもそれぞれ席に座り、ちょうど三人に囲まれるような形になる。


 初めて会った人たちと朝ご飯を共にすることに少し緊張するが、これから毎日同じ食事をしていくのだから早く慣れなくては。


「「「いただきます」」」

「おう、残すなよ」


 三人で手を合わせていただきますと言い、一緒にご飯を食べる。


 それだけのことなのに僕は少しだけ高揚感となつかしさ、そしてさみしさを感じてしまった。


 死神訓練校の学食ではいつも一人で食べていたせいだろうか、周囲に他人のぬくもりを感じることがどこかくすぐったい。


「おぉー、今日も美味しそうだね」

「えっ?」


 突然、耳元で聞いたことの無い声がしてフォークを落としそうになる。知らない少年が僕の肩越しにパスタを見つめているのだ。


 だ、だれぇ…


「突然降ってくるのはかわいそうじゃないですか?」

「あはは、いい匂いに釣られちゃってね」


 キヨシさんが少し呆れたような口調で窘める。


 ……どうやら吹き抜けになっている上の階から降ってきたらしい。


 いや、意味が分からない。


「僕のパスタも用意してもらえる?」

「はい、すぐにお出ししますね」

「うん、おねがい」


 そう言うと音もなく僕の左隣の席に着席する。


 二つ空けて座っていたリュウキさんは気にせずにパスタを食べ続けている。


 この少年が飛び降りてくるのは日常なのだろうか。


「驚かせてごめんね、白才ユウセイくん?」

「は、はい…」

「これからよろしくねー」


 コテンと首を傾げるのに合わせて後ろで一つ結びされている綺麗な青髪が揺れる。


 外見は明らかに年下なのに敬語で話さなくてはと思わされる不思議な雰囲気を持っている少年だ。


「あの…あなた、は、」

「あれ?もしかして君、身長低かったりする?」

「えぇ?」


 突然まさかの指摘がきた。確かに僕は身長が低い。


 …そんなに気にしたことは無かったけど、正面から言われると、少しだけ惨めな気持ちになる。


「ちょっと立ってくれる?」

「は、はい」


 促されるまま意気揚々と椅子からおりた少年の隣に立つ。


「アキト君、どうかな⁉」

「んー…僅差でユウちゃんの方が上でーす☆」

「あちゃー、勝てないかぁ。付き合わせてごめんね?」


 少年は潔く負けを認めると、コロコロ笑いながら僕の顔を覗き込む。


 何も言えないでいると、そうだ、と少年はニコリと笑った。


 ふわりとした動きで僕の正面に立ち、


 悠然と一言。


「僕は、この死神派遣会社チューリップ社長、八死倒やつしとうアオだよ。初めまして、ユウセイ君」






 少年は社長だった。

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