第25話 第八章 会談

 どことなく心地よい香りが漂い始め、一人、また一人と意識を戻し始め、気がつくと入店した時に注文した料理が次々と机に運ばれてきていた。


 さすがは食い盛りの漢達だ。心が異次元で漂っていようとも、食い物のいい香りには勝てないという訳だ。面々が注文したメニューが揃うと同時にメンバー達も完全に息を吹き返した。


 智さんが注文した『モンスーン味噌カツ定食 若さと情熱の幻』というメニューは丼飯に丼味噌汁とそれだけで腹一杯になりそうなのだが、さらには高血圧にでもなりやがれと言わんばかりの漬物のてんこ盛りが付いてきている。そして問題はメインである。


 大量のキャベツの千切りにアメリカンを思わせる革靴のようなカツに何故かカイワレ大根が買ったままのパックから出してそのまま乗っけられたと思われる形で盛り付けてあり、その上に色濃い味噌がふんだんに落とされているという確かにモンスーンを思わせる(?)メニューであった。


 その後に付けられた副題のようなものは多分店主のノリでつけたのだろう…。


 大ちゃんが注文した『アバンギャルド牛丼 牛1頭食わせたいな』は、とりあえず丼定食という事で、智さんと同じく味噌汁と漬物は同じように盛られているのだが、メインは丼である。


 ラーメン鉢の二倍強と思われる器にてんこ盛りに盛られた肉だけが見えている。

以前、その実態を訊ねてみた事があった。答えは『肉。玉葱。米。肉。玉葱。油。米。肉。玉葱。米』という十相構造で形成された丼で、この時点で理解不能なのだが、中の油という項目がより意味不明である。後で改めて見せてもらう事にしよう。


 僕が注文した『地鶏虐殺親子丼 愛すべき馬鹿達の夢』は、僕は元々生粋の親子丼好きであり、初めは気軽く注文してそのボリュームに驚愕し、食して悶絶した。


 名前の由来を冷静に考えてみると、この街で育てられたと思われる鶏をどういう経由で仕入れ、どういう意味合いで作られたかまさに皆無のメニューである。

 

 食べている最中にぶつ切りにされた骨が所々に埋まっていて、奥歯でそれを感じた時は思わず恐怖したのだが、それよりも美味いという感情の方が圧倒的に勝り舌を唸らせた。


 大ちゃんと同じ丼メニューである訳で器の大きさは変わらなく大そうなボリュームなのだが、先ほどの理解不能な内容とは全然違うのがこの親子丼をより好ましく思わせた。


 下の方に白米が敷き詰められ、その上には甘辛く焼いた鶏肉と揚げた鶏肉、玉葱と微塵切りにしたピーマンが大量の卵で絡められて、塩と砂糖と味醂と醤油が決してぶつかる事なく口の中に広がるまさに絶妙な味わいなのである。


 初めの方は勢い良く噛んで骨に歯を痛めたものだが、今はそんな事もない。質、量、気合、全て申し分なく、今やこのメニューの虜になっている。


 最後にトースとイータダが注文した『オススメ 店主の独断と偏見定食』なのだが、これがいつも皆の視線を注目させている。


 ここの店主は噂によるとどうも変わり者で、何かにつけて気分で行動するのをもっとうとしているらしい。しかし仕事に対しては真面目で、レシピの決まっているものは一寸の狂いもないほどいつも変わらない味で美味い。


 しかしこれだけはそんな店主が今現在刻ませている心の闇を唯一表現できるメニューであるらしく、このオーダーが入る度に店主の目が不思議な光を浮かべて怖いと内緒話ではあるが店員から聞いた事がある。


 毎回トースとイータダはこれを注文していて、その度に店主のストレス解消になっているのだろう。しかし今までハズレだと思われる献立はなかったと思われる。前に智さんが『今度俺も注文してみようかな』と呟いたほどクオリティーの高い品々ばかりだったのだ。


 今回運ばれてきた献立は丼飯に丼味噌汁とてんこ盛り漬物は定食メニューとして変わらないのだが、メインの皿に乗っているものが醍醐味なのである。僕は今回も興味津々と眺めた。


『あれ…?どうやらいつもと違うようだ。』


 皿に盛り付けてある品は、大量のキャベツの千切りとほうれん草のバター炒めのような品が盛りに盛られていて、これはシソの天ぷらなのだろうか…。葉っぱみたいな物体を揚げたものが所狭しと敷き詰められていた。 


 既にお気づきの方もいるだろうがオール葉っぱなのである。肉料理が多いこのメニューなのだが今回だけは何故か違う。


 何もメニュー内容を確認せず、和気藹々と箸を取り『頂きます』と眼を閉じて合掌して、初めて今日のメニューを目の当たりにした二人は即座に凍りついて箸を皿の上にこぼした。彼らはまたもや異次元に吸い込まれたようだ。


 今回だけはどんな言葉をかけていいのか分からず、僕達はそれぞれ合掌して眼を瞑った。しばらくどきどきしながら眼を瞑り続けていると僕の右から激しい破裂音が聞こえて荒げた声が聞こえてきた。


「おうおうおおう!!!店主、出てこいやぁ!!!」


 今まで見た事のない凄い剣幕でイータダが突っかかっていた。


 メニュー名が『店主の独断と偏見定食』であり、もはやクレームをつける事態が間違いなのである事は僕を含む冷静な三人は多分同時に思っていた事であろう。


 しかしそんな事は気にも止めない様子で彼は感情のまま喚き散らしていた。同じメニューを頼んだトースが焦ってイータダを止めているくらいである。


 暫く彼は月を欲しがる子供のような騒ぎ方をしていると、奥から物音がして何者かが近づいてくる気配がした。騒いでいる彼以外入り口の方に視線を向けると長身且つスマートな体型、髪型は素晴らしい程揃っている短髪角刈で、鋭い三角眼をしたはっきり表現すると柄の悪い男が立っていた。


 男は口角を微妙に上げながら笑いを作っているのだが、目には完全に怒りの炎を浮かべている。


「あ…あなた…はっ?」


 智さんが恐怖に声を震わせて言った。


「あん…?おらぁここの店主だよ…。」


 店主と名乗る男はそう言い捨ててタバコに火を付けた。


「何かウチのメニューの事で俺を呼んでいるって聞いたんだけど何だよ…?」


 店主は三角眼をより尖らせて、煙を吐き出しながら落ち着いた口調で言った。その雰囲気がより部屋の空気を冷たいものにしていた。


「い いや…。…その。」


 先ほどまで勢いよく騒いでいたイータダも完全に縮こまり、ボソボソと呟くばかりだった。店主は僕達の態度を見て『チッ…。』と軽く舌打ちしてタバコをその場に捨てて踏み消した。


「おい、坊主。突っ張るんならええ加減に突っ張んなよ…。」


 その筋の独特のある深みを帯びた声にイータダは今にも泣き出しそうな表情を浮かべて無言で立ち尽くしていた。


 店主はもう一度タバコに火を付けた。


「用がないならもう行っていいか?おらぁこう見えても忙しいんだよ…。あ、一つ教えといてやるよ。独断偏見定食、ハズレの日は俺が前もってメニュー表に細工してあんだよ。後で見ときなよ…。」


 息を吐くような声で呟いてイータダの方へと睨みを効かすと、またもやタバコを踏み消して煙の如くその場からいなくなった。


 僕達は眼を瞬かせ、声が思うように出せない状態が暫く続いた。まるで狐に摘まれた感覚で、室内には未だ冷凍庫のような冷たい雰囲気が残り、流れている流行歌も無機質な音色がただただ浮かんでいるだけだと感じた。まさに全てが飽和しきっている状態だった…。

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