第24話 第八章 会談

 そう言えば何か他に問題がある事を忘れているような気がして、肩を組みながら分かち合っている二人の姿を見つめながらしばらく考えた。


 心の片隅にかかる靄…。僕はその正体を追い続けた。


 そうだ、思い出した…。


 この二人の争いの根源である大ちゃんの不可思議な言動を改めて確認しなければならない。仄々とお茶を口に運ばせて和んでいる二人に蒸し返す事は酷だとは思ったのだが、この事は茶番劇により翻弄された僕の心に対してのせめてもの報いであり、今後のバンド内における新たな火種を消しておく為の大切な事だと思ったからだ。


 僕は心確かに大ちゃんへと訊ねた。


「ほんでな、大ちゃん…。さっき言よった事なんじゃけどな?やっぱりなって言うたの、アレなんだったん?」

「ああ…。アレなぁ…。」


 いつの間にか肩組んだ腕を外し、お茶を飲んでいた彼は智さんを横目で見ると小ずるそうな笑みを浮かべて明日を探すように目線を漂わせた。


「いや…バラードの歌詞の話なんだけどな…。」


 彼の微笑みに妙な不信感を募らせたのか、智さんは不安な表情で大ちゃんを見つめながら無言で首を傾げていた。敢えて目線を合わせていないのか、誤魔化しとも取れる大ちゃんの漂う視線が先ほどの緊迫感を蘇らせた。 


 そして彼は智さんの方を向き、暖かな笑みを浮かべて静かに言った。


「実は誰か分かんなかったんだけどさ。今分かってびっくりしたよ…。智さん、おめでとう…。」


 彼は無言で手を差し伸べた。しかし智さんは微妙にも体を動かさず、まるで驚いた表情をした石像のように固まっている。ストーン宇高だ…。


 いつまでこれは続くのだろうかと僕は額に汗を浮かべて見つめていると、彼の立ち上がりはそう遅いものではなく、指を微かに動かせたと同時に大ちゃんの顔すれすれまで顔を近づかせて唾を飛ばしながら叫んだ。


「えええっ!?それ、本気で言ってるのか!!!???」


 大ちゃんは液をお絞りで拭いながら何故か微笑みながら答えた。


「うん、ぜんぜん気がつかなかったよ!!よく横にいるなとは思ったけどさ。まさかあの子に贈った曲だとは夢にも思わなかったよ…。智さん、改めておめでとう!」


 もう一度彼は手を差し伸べた。


 今度は智さんも彼の態度に応じて握手を交わしていたが、驚いた表情は変わってはいなかった。繋いだ手が縄跳びのようにぶんぶんと上下していた。


 力任せに弧を描かせていた握手もいつかは切れ、遠心力で智さんの手が勢いよく机の上に落ちた。その衝撃でコップが宙を舞い、地面で割れた。その破壊音に智さんは我に返ったようだった。しかし蒼白した面持ちで目を瞬かせながら大ちゃんの顔を呆然と見ていた。


「と、智さん…?おーい!?」


 大ちゃんは心配そうに彼の肩をポンポンと叩くとその手を力任せに払いのけ、もう一度叫んでいた。


「あれだけ俺と一緒にいておきながら何を今更言っているんだっ!?俺はあの子を想った時からあの子以外の女とは接する事を避けていた!!だから君は俺があの子といた所しか見ていないはずっ!?」


 彼は掌を激しく上下に震わせて、気を狂わせたように頭を掻き毟りながら訴えていた。その態度とは裏腹に大ちゃんは苦笑しながら後頭部を擦っていた。


「うん…。だって二十四時間見てた訳じゃないしさ…。もしかしたら妄想かも知んないし…。」

「な…なん…だとっ…!?」


 大ちゃんは微笑んで智さんを見つめ、智さんは項垂れ落胆した。


 その対照的な二人の態度が僕には面白くてしょうがなかったのだが笑ってもいられなかった。出来事を分析すると新事実が浮き彫りになったからだ。


 一つ目は、二人が相まみえていなかった事だ。

 このやり取りの中で智さんが一方的に大ちゃんの事を捉え、信頼していたと言う事になりえる。僕を含め、周りの目からしてもそう思う人間は少なくはなかったと思うのだが実はそうではなかったという事になる。


 二つ目は、先ほどの見解の続きであるが大ちゃんが、デタラメに鈍感という事だ。


 智さんが言っていた事然り、皆も認識するほど大ちゃんは智さんと行動を共にしていた。しかし大ちゃんは智さんの心中を察する事なく過ごしていたという話になる。

という事は練習の休憩時に僕に言ってきた事は智さんと二人で話し合った事ではなく『ただ彼に言わされただけなのか?』という疑問も感じられ、大ちゃんが想い感じている全ての事が分からなくなり軽く恐怖した。 


 もしかすると彼はタヌキであるのか?と思わざるを得ない。


 三つ目は、智さんの異常とも捉えられる態度である。

 冷静沈着と周りに唄われ尊敬の眼差しで見つめられる彼だが、実は激情家であるのではないかという事だ。良いように言うとそうなるのだが、悪いように言うと一方的に思い込みが激しいただただ現実盲目者という事になる。彼らの信頼関係は完璧に構成されているというのも智さんの心が作り出した儚き幻であったのかもしれない。


 この出来事によりこの三つを感じざるを得ず、人間関係の難しさと面白さを想うと同時に、今や揺らめいている二人の間柄に諸行無常を噛み締めて心で泣いた。


 もう一つ冷静に思い考えてみるとこの会議はオリジナルの曲名を決定する為に開かれているのである。話の脱線が激しく、すでに修復不可能であった。なぜなら…。


 イータダとトースは異次元の魔物に捕らえられ、智さんは意気消沈し、大ちゃんは智さんの態度を理解せず困惑し、僕は事の見解に思考を凝らしている。よってメンバー全員が会話不能になっている有様だからだ。


 誰がどのように僕達を止めてくれるのかはまさに皆無で、消沈している五人をお経のように流れる流行歌が冷たく降り注いでいた。

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