第22話 第七章 調練
しばらくコピー曲を演奏して、オリジナルのアレンジを少しミーティングしながら流しで練習ていると、早くも一時間以上過ぎている事に気がついた。
本来ならばここらでスタジオは終了していたのだが延長した為、後二時間くらい練習できるという訳である。そこで「少し休憩を入れる」と智さんは言ってバックから何やら取り出し、誰より先にスタジオから出て行った。しばらくして他のメンバー達もぞろぞろと出ていき、それぞれ休憩時間を過ごしている。
僕はベンチに腰掛けて清涼飲料水を口にしていると大ちゃんがそっと隣に腰掛けた。そしてぼんやりと譜面を広げながら言った。
「オリジナルの曲名の事なんだけどさぁ、どうしようか?」
「え?なんで俺に聞くん?智さんが作ったんじゃきん智さんがつけるんでないん?」
僕は思った事をそのまま言った。曲も詩も智さんが手がけている訳で僕と大ちゃんだけで話し合ってもしょうがない事だと思ったからだ。大ちゃんは少し困った表情をして微笑んだ。
「俺達は演奏する側。これをオケって言うんだけどさ、そのオケに魂を宿すのはボーカリストなんだよ。」
「う…うん。」
もちろん生半可な気持ちでやってはいない。しかしこう他の人から改めて言葉にされてしまうとこんな重大なパートを自分がやって良いものかと考えて畏怖してしまう。僕は困り果てて大ちゃんの顔を見た。
「うーん、ごめんごめん。単刀直入すぎたかな。なら質問をかえるよ。歌詞は覚えてるよね?」
僕は無言で頷いた。
「歌詞を見てどう思ったの?」
どう思った…?歌の練習は毎日欠かさずしていたから完璧には記憶できているのだが、歌詞の意味までは考えた事がなく、ただ漠然と唄い続けていた自分に気がついた。
「ご…ごめん。歌詞覚えるのに必死で意味までは考えた事なかったわ…。」
そう言って急いでバッグから歌詞表を出した。
「ああ…。だからか。いや、歌はよく歌えてるとは思ったんだよ。智さんも褒めてたしね。でもね、なんか心なしか魂の叫びみたいなものが感じられないなと思ってたんだよね…。」
彼は明後日の方向に視線を向けて呟いていた。口元にはいつの間に運んだのか禁煙パイポが銜えられていたが敢えて気がつかない振りをした。彼の言葉は続いた。
「俺達は各楽器で魂を語ってるんだ。だから音に真剣になれるんだよ。それが自分の声みたいなものだからね。いい声出したいだろ?」
少しおどけた口調で言っていたが眼は真剣だった。僕は歌詞を朗読するようにゆっくりと読み返した。
オリジナル曲の三曲中、二曲がアップテンポのビートロック。一曲はどんな時でも夢を忘れず自分なりの音楽を表現していきたいというポジティブ的なもので、もう一曲は自分達の曲で頂点まで登り詰めて行きたいという猛々しい歌詞であった。もう一曲はミドルテンポのしっとりとした優しいバラードで一人の女性に対して綴っている歌詞のようだった。意味深な言葉の言い回しや、胸が潰れそうになる程の切ない表現…。僕達の歳にはよく有りがちな事なのだが、歌詞全体に智さんの深い想い入れがあるのだと感じ取れた。
気がつくと僕は口ずさんでいた。他のメンバーからは歌声に合わせて弾いている裸音が聞こえてきた。イータダはドラムに似せて膝をバシバシと叩いている。皆のテンションも段々と上がってきたのを感じ、堪えきれずに本気で声を上げていた自分がいた。
しばらくするとどこへ行っていたのか、智さんが満面の笑顔で階段を上ってきた。
「盛り上がっていたようだね。さぁ、練習しようか!」
今まで見た事のない表情である。笑顔というかなんだかニタついていると言った方が適切なのかもしれない。大ちゃんは目を細めて、ヒャッヒャと声を上げながらヤらしい表情で言った。
「智さん…、何してたんすか?」
「ばっ…、ばか!楽器見てただけだ!!君達、早くスタジオに入りたまえ!!」
そう言うとそそくさとスタジオへと入っていった。なんとなく見えたのだが、右手には携帯電話らしき物が握られていた。
「まっ、大将。そういう事にしときまっさ!」
彼はヤらしい表情のまま智さんの背中へと一人ごちると、スイッチを入れ替えたように普通の表情になりスタジオへと入っていった。謎が謎を呼ぶ間柄だ。やはり気にしない方が懸命だと思い、僕も続けてスタジオへ入った。
後の時間は引き続きオリジナル曲のアレンジや音色の切り替え、歌い方の事細かいアドバイスなどを話し合いながら一曲一曲を丁寧に仕上げた。
休憩中の大ちゃんの言葉も思い返し、自分なりな解釈で詩の意味を感じながら曲に音色を乗せてみると、それに共鳴するかのようにそれぞれから奏でられる音が明らかに変わった。
温かく、時に冷たい。艶やかに、時に錆色に。繊細に、時に大胆に。優しく、そして厚く、熱く…。まるで生まれ変わったかのように今までのサウンドとは別なものになっていた。曲に魂を宿した瞬間だと思えた。
流れる汗と共にビートを刻み、うねる低音を響かせ、複雑な旋律を織り交ぜながら低音を支え、ナイフのように鋭いリフを刻み、脳をかき乱す叫びを奏でる。
まるで召喚した巨大な龍を自由自在に操っている感覚で、皆は笑顔のまま震えていた。言葉もなく、サウンドに酔いしれながら時間は過ぎていく。
これが刹那を生きる事だと初めて感じる事ができた。
時計を見ると針は夕方六時より十分前を指していた。もう終わりの時間だと智さんが合図して皆は片付けを始めた。
スタジオ内は熱気に包まれ、皆水浴びしたようにびっしょりと汗に塗れていた。どこかやりきった顔をしてスタジオを後にした。
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