第17話 第六章 始動
皆はその言葉に驚愕した。聞いた事もないワードであり、バンドをやり始めて間もない僕達にしてみればライブなんて夢のまた夢。
それが実現したと言われても正直信じがたい。まさに驚愕という言葉が合っていたと思う。
皆の驚いた顔を舐めるような視線で見回した智さんは、腹立だしく思うほどしてやったりな表情を浮かべていた。その事にさすがの大ちゃんも吠えた。
「いや!いくらなんでも進みすぎだろう!無茶苦茶だ!無茶苦茶すぎる!独断でも限界があるだろう!?」
珍しく荒げる彼の言葉に皆も事の重大さを認識し、口々に意見を呟き始めた。まずはトースから…。
「なんだか…自信ないな…。」
続いてイータダが呟いた。
「俺なんかドラム叩き出して三ヶ月じゃきん…。人前で叩けれる訳ないやんか…。」
僕はやはり状況がうまく掴めておらず、半ば皆に合わせた感じで半笑いで言った。
「俺は歌いだして何日も経ってない訳じゃきん!よぅは分からんけど止めたほうがええんじゃないん?」
僕が言った言葉を最後に、皆は沈黙した。
夕暮れの闇はより深みを増した様で、部屋に宵闇が覆い被さろうとしていた。緊迫している雰囲気はなく、ただ皆は智さんの言葉を待っていた。
明かりもない夏の夕暮れ。本来は心地よいものだと思う。誰も言葉はなく、日暮が遠くで鳴っていた。
薄闇の中でよく確認はできないのだが、智さんはどうも小刻みに体を震わせている様だった。そして暗闇の中から荒れ狂う智さんの檄が飛んできた。
「さっきから黙って聞いてりゃいちいちうるせぇんだよ!!!」
イータダに怒こっている姿はよく見かけるが、声を荒げて怒る訳ではなく、どちらかというと諭す様に静かに怒っていた。
こんな荒げた声なんて付き合いの長い大ちゃんでさえも聞いた事はないらしく、目を見開いて智さんを見つめていた。
智さんの檄は続いた。
「そんじゃあなぁ、逆に聞いてやる!お前らこの先考える時間はあんのかい!?俺たちゃもう高三なんだぜ!?進路がどうのと毎日のように大人に言われている最中さ!慎重に進んでいる時間なんてないはずだ!どうだ!?」
智さんは叫び終わると呼吸を整える様に深く息を吸い込んでいた。しばらく皆は返す言葉を捜しているかの様に黙っていた。
智さんはまだまだ息が整っていないらしく、暗闇の中に智さんの呼吸だけが浮いては沈んでいく様だった。しばらくして大ちゃんが静かに言った。
「トース、電気つけてよ。」
静かに部屋に明かりが灯った。智さんはまだ怒りに顔を赤らめている様で、他の皆の顔色は血の気が引いてどこか憔悴した感じだった。
智さんの言いたい事は痛いほど分かっていた。始まりが遅すぎた、そんな事も分かりすぎていた。
余りにも想像を遥かに超えた智さんの決断に皆は戸惑い、怯えたのである。気がつくと智さんの息も整った様で、今度はいつもと変わらない静かな口調で言った。
「夢は近づいてくるものじゃないんだ。こっちから掴んでいくしかないんだよ…。」
当たり前の事だった。
僕達がスローなだけなのか、智さんが急ぎすぎているのかは分からない。しかしここは時を掴む機会を与えてくれているリーダーに感謝しなくてはならない。僕達だけではどうしようもないのだ。
大ちゃんは全てを悟ったかの様に冷静に聞いた。
「そうだよな…。うん。でもさ、エントリーしたって言っても審査とかなかったの?冷静に考えたら選考されなきゃライブ出れないじゃん。」
確かにそうである。
僕達は聞いた事もないワードにだけテンションが上がっていた様で、冷静な大ちゃんの言葉に僕は恥ずかしくなり俯いた。
チラッとトースの方を見たら、あんまり理解していない様でボーっとしながら鼻をほじっていた。その姿に僕は不甲斐無さを感じ、余計に恥ずかしくなった。
智さんの方を見てみるとなぜか眼に不敵な光を浮かべ静かに微笑んでいた。
「審査はあったさ…。」
「やっぱり…。で、どうだったの…?」
大ちゃんの表情が少し強張った。智さんは変わらなく薄笑っていた。
「考えてみるがいいさ。審査落ちしていたら話題に出している訳ないだろ?」
智さんの言葉に皆は一斉に反応した。
「え!?通過したって事!?」
大ちゃんが驚いた顔つきになった。後ろでイータダが呟いた。
「つーかぁ…。通過ですね?ドフフフ…。」
即座に大ちゃんの右裏拳がイータダの頬を捉えた。イータダの倒れた音と同時に大ちゃんは嬉しそうに身を前に乗り出していた。
「通過したんだよ。」
智さんの自信たっぷりの言葉に、トースが反応した。
「という事は、いつの間にか俺ら認められとったんじゃな!?」
「だから言ったじゃないか!完璧だと!!」
それに便乗して僕もたまらずに声を上げた。
「もしかして、初ライブってやつ決定!?」
智さんは静かにガッツポーズを掲げた。
「そういう事になった!!」
一人地べたに這い蹲った者を除き、皆はしばらく天を仰いだ。
そして視線を互いに交差させたと同時にまるで爆発が起こったかの如く、一同は狂喜乱舞した。
「ィやったあああああああああああああ!」
「ライブじゃああああああああああああ!」
「戦じゃああああああああああああああ!」
伸びていたはずのイータダもいつの間にか加わっていて、素人三人は涙を流しながら万歳三唱を繰り返していた。
大ちゃんさえも体を疼かせながら、表情はどこか締まりがない様に思う。
しかしそこはリードを支える立場。浮かれた感情を捨てて、冷静沈着を装いながら智さんに対応していた。
「松山って言ったよね?で、どこで奏るの?」
「日時は八月三十一日。我が県が誇るインディーズバンドの登竜門、サロンキティーだ。もう一ヵ月半を切っている。メンバーには死ぬ気で練習をしてもらわなくては…。」
智さんの表情は真剣だった。
大ちゃんも少し青ざめた表情で、額に脂汗を羽浮かべていた。
そんな緊迫した雰囲気に気づきもせず、相変わらず乱痴気騒ぎを繰り返している馬鹿三人…。万歳三唱の声だけがいつまでもいつまでも夜空に響いていた。
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