第13話 第四章 対話

 しばらく彼らのバンドの結成秘話や、自分達の音楽に対する熱い想い。これから予定しているバンド展開など様々な事を僕に聞かせてくれた。


 夢も希望も無い僕にしてみれば、全てが非現実的な内容で、正直ピンとはこなかった。しかし、同じ歳の人間が人生に対してここまで真剣に考えている事に正直驚き、何も無いだけの我が人生が、なんだか恥ずかしく思えた。夢の為に生きる熱い気持ちや、夢を叶えたいという切実な想いが彼の言葉からひしひしと伝わる。


 僕は今まで一体何を想い、何を糧に生きてきたのか…。自分の人生をそう振り返させられる。正直、耳を塞ぎ、現実逃避してしまう言葉の数々だった。


 僕は相変わらず無表情で彼の顔を見つめていると、少し困ったのか心配した表情で僕に確認した。


「ここまで理解してくれたかな…?」


 彼の問いに無言でなんとか頷いてはみたものの、今の僕にしてみると、夢を実現させる為の彼らが思考しているこれからのプランについていく自信が全くもってない。


 小説の様にとんとん拍子に進むほど現実は甘いはずはない。まるで物語の様に行き過ぎた構成が、僕にはリアルとして素直に受け入れられる事ができなかった。


 妙な所リアリストである僕は、この壮大な計画に乗れるほど心にも余裕もなく、やはりどことなくまだ疑っているのか、半信半疑のまま乗っかる訳にもいかない。僕は彼の目を見られずにいた。いや、見てはいけないと思ってたのだった。。


 宇高は少し戸惑った様子で、僕に問いてきた。


「岡田君…?どうしたのかな?」


 どうにもこうにも行き場のない思いが込み上げ、まるで威圧をかけるかの様に、僕はその場へいきなり立ち上がり、頷きながら体を小刻みに震わせた。


 やはりこんな中途半端な気持ちのままこの誘いには乗れない。こんな僕が彼らの夢に乗っかっても迷惑がかかるだけだというのは既に明白だった。それだけは自分の気持ちの中でよく分かった。分かり過ぎていた。


 言葉はないが、まるでお互いを語らしているかの様な緊迫した雰囲気は最高潮を迎えていた。


 重苦しくむさ苦しい雰囲気が当たり一面漂い、それに捕らわれているかの様にお互いが硬直していた。


 緊迫感がまるで金縛りを齎しているかの様に、ただただ汗だけがお互いの顔面や首筋、寧ろ全身を覆い尽くしていたかのように思った。


 どれくらいそうしていたのだろうか、ふと気がつくともうすぐ暗闇が僕達を包み込ように、部屋中は薄暗い状態になっていた。


 時間に気づき、ようやく冷静な思考を取り戻した僕であっても、このバンドに肩入れできる様な上等な人間ではないという想いは変わらなかった。彼らの熱い想いにはこの中途半端な気持ちは必要ないのだと素直に思えた。


 我に返った僕の姿を確認し安堵した宇高の様子を確認すると、僕は寂しく言った。


「やっぱり俺には無理です。荷が重過ぎますわ。他を当たって下さい。さよなら…。」


 そう言い残すと僕は後ろを振り返り、部屋の扉を開けようとすると、トースが悲しそうな声がふと僕を立ち止まらせた。鼻の詰まっている情けない声で…。


「俺も…あの時一緒だったんよな…。」

「えっ…?」


 その言葉に僕は思わず顔だけトースの方へ向けるとトースは泣いていた。情けない表情をよりくしゃくしゃにして泣いていた…。


 なんとか自分の想いを不器用ながら僕に伝えようとしていた。そんな事は今まで彼と過ごしてきた中で一度もなく、今はとにかく僕に何か自分の心中に秘めた想いを伝えたい様子だった。


 彼のそんな態度に僕は逃げ腰になる訳にいかず、僕は耳を傾けるかの様に体を元の方向に向き直した。


「智さんが俺に同じ事語ってくれた時、俺も岡田さんと同じ様に黙ってしもたんよ。多分あの時の俺と今の岡田さん同じ気持ちだと思うわ。」


 トースはゆっくりと諭す様に僕に語りかけた。


「俺もこのバンドに誘われるまで夢も希望も無かったんよ。あ、岡田さんと毎日話しながら過ごしよるのがつまらんかったって言よるんじゃないで?別に毎日何しよった訳じゃないし、どうしたいんかも分からんかった毎日が正直辛かったんよ.…。」


 トースは唇をかみ締め、泣きじゃくる気持ちを抑えながら涙ながらに語っていた。まるで心の鏡越しで話しているかの様に僕の心も泣いていた。


「クラスの友達から誘われて智さんの家へ遊びに行った時になんか部屋中が音楽だらけでびっくりしたんよ。少しアニメのポスターも貼っとったけど…。」


 トースの突拍子のない暴露に宇高は思わず咳払いをして肩をすくめた。何を言われるのか皆無と思ったのか、宇高が半ば強引にトースの話を中断させるかの様に話を続けた。トースは少し不機嫌な表情を浮かべたのだが、リーダが語り始めた為、言葉を噤ませた。


「トースが俺の部屋で一枚のアルバムを見つけてすごく愕いてたんだ。それに正直俺も愕いて話は意気投合して、このバンドの話を出したんだよ。」


 僕はその宇高の言葉自体に驚いた。トースから今まで一度も音楽の話を聞いた事はない。思わず僕はトースに言った。


「トース音楽なんか興味あったんじゃなぁ。知らんかったわ。」


 トースは照れながら頭を掻いた。


「父さんが好きでいつも車で流しよるんよ。そのアルバムが智さんの家にあってびっくりしたんよ。」


 本当に嬉しそうで幸せそうな表情に変わっていた。今や彼は音楽と共に生きていると言っても可笑しくないくらいのバンドマンの姿だと思った。


 僕はその質問に対し、こう問わなければならないと感じざるを得なかった。トースや宇高の態度に半ば安心し、半ば仕方なく聞いた。


「それって誰?」


 本当はトースに答えて欲しかったんだが、何故か僕の質問に宇高が少し自慢げな口調で応えた。この短時間で感じた事なのだが、宇高は少し出しゃばりな性格らしい。


「クレイズというバンドだよ。」


 実はというと、僕は最近の流行の音楽は漏れなく聴いていた。しかし、そのようなバンド名は聞いた事がなく、僕は思わず興味本位で質問をした。


「外国人のバンドなん?」


 コレキタと思ったのか宇高は華やかな笑顔になり、またもや得意そうな口調で語り始めた。


「クレイズとは日本のバンドで、元ジキルと元ボディと元ジャスティ ナスティのメンバーで結成されているバンドなんだ。今も活動は精力的に続けていて、あまりメジャーなバンドとは言えないがメッセージ性の強い曲にコアなファンは多いんだ。ジャンルはロックと言うよりも強いて言うなら魂だな。」


 トースもその言葉に深く頷いていて、よく分からないワードばかりが並ぶ言葉に正直僕は困惑していたが、トースが嬉しそうに言葉を続けた。


「父さんどこから知ったんかは知らんけど数ヶ月前から車で毎日かけとるの聞いて、俺もホンマ好きになっとったんよ。しかもボーカルの歌う声がなんとなく岡田さんの歌声に似とるし。」

「そ そうなん?」


 僕の反応に宇高とトースは同時に笑った。周りのメンバーも僕達のやり取りに言葉は無いがいつしか笑顔に変わっていた。


「俺達のバンドもそんなこんなメッセージ性の強いバンドを目指しているんだ。岡田君に聞かせようと思ってそのアルバムを持ってきているんだけどよかったら聴いてみるかい?」


 なんだかよく分からなかったが、宇高の問いかけに僕は黙って頷いた。彼はとても満足そうな顔をしてトースに盤を渡しながら言った。


「分かった。トースかけてくれ。」

「はいな!」


 宇高から盤を渡されると、彼は嬉しそうにコンポへとアルバムを入れ、再生ボタンを押した。


 読み取る音が微かに聞こえてくる。するとトースがいつもになく自信有り気な張りのある声で呟いた。


「かなり熱いナンバーだから火傷しない様に気をつけなよ」


 彼の顔つきは変わっていた。

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