第11話 第四章 対話
自転車に乗って急いでトースの家へと向かった。幸い学校からさほど離れていない距離にトースの家はあり、急いで行けば十分もかからない場所にあった。僕は一心不乱に自転車のペダルを立ちこぎし、道を急いだ。
トースの家へたどり着き腕時計を見ると針は十七時に差し掛かる三分前を指していた事を知り、僕は思わず息をついた。
「なんとか間に合った…」
そう一人ごちながら、内心ドキドキさせながらそろりとインターフォンを鳴らした。すると家の中からどたどたと騒がしく走る物音がして、叫び声にも似た男の声がスピーカーから飛び出してきた。
「はいいいいいっ!こちら三島警察署おおおおっ!」
「…。」
言っている意味が分からない。しばらく僕は黙っているとスーッと静かに扉が開き、トースがちょこっと顔を出した。
「冗談だよ、中に入って!皆待っちょるきんな!」
そう言うと彼はにんまりと笑顔を浮かべ扉を全開にした。冗談というかただ単なる悪ノリだと僕は思った。
人の気持ちも知らず彼の取った冗談まがいの行動に、僕は出鼻を挫かれそうになり正直腹が立った。思わずここで帰ろうかとも思ってしまったのだが、ヒロとフミの固い契りの事を思い出して、この行き場のない想いを何とか胸に収める事ができた。そして深呼吸して家の中に入った瞬間、僕にとってまさかの情景が目の前に現れた。
それはメンバーの物と思われる学校指定のシューズが何足も乱雑に脱ぎ捨てられていて、家の創りにしてはやや大きめの玄関が狭く感じるほどの有様であった。
人の家ではせめて品行方正でいなさいという親からの教えがあった為、その見るも無残な光景に僕は呆気に取られ、その場へと立ち尽くしていた。僕の視線の先を追い、気持ちを察してかトースはその脱ぎ散らかされた靴を急いで揃え、再度僕に視線を向けた。僕は自身の脱いだ靴を揃えて、一つ咳払いをして家へと上がった。
メンバー達は本当に人に対して礼儀を尽くせる人物達なのか…。そこに疑問を感じざるを得ない。
ふとそこで僕は一つの考えに到達した。まずはメンバー達を疑いの目で見て、逆に僕がふてぶてしい態度を見せ、彼らの反応を見ようという作戦だった。少々手荒なやり方だとは思ったのだが、うまくいくと全ての事が浮き彫りにされ、自らが天秤にかけやすくなると思ったからだ。
僕はトースに気づかれないように静かに拳を握り、廊下を進んだ。
僕がこの家に訪れなくなってどれくらい経ったのだろうかは忘れたが、本当に何一つ変わる事なくそのまんまであった。彼の家独自の匂い、どこか生活観を感じる散らかりさ、まるでここだけ置き去りのまま時が過ぎ去ったかという感覚に陥り、懐かしさやあの時からの物悲しさに思わず涙が零れ落ちそうになった。
少し急な階段を上がり、そのフロアの一番奥に位置するトースの部屋へと案内された。部屋の手前に差し掛かり、トースは一度動きを止めて僕の眼を真剣な眼差しで見つめた。
「…ホントにあの時はごめんな。メンバー皆いい奴ばかりじゃけん!岡田さん心配する事ないけん!」
僕の心を探っているのか、トースは僕の視線から眼を逸らす事はなかった。僕も彼の視線から逸らす事はなかったのだが、微妙な感情に覆われた。
彼の気持ちも言いたい事も分かるが、しかしながら今の僕の感情のままではこのバンドに素直に加入する気持ちにはなれない。彼には今の心情を少し語っておく必要性がある事を思い、僕は静かに声を上げた。
「まぁ、今から会う人らの態度を見るわ。少し横暴な態度とるかも知れんけどあんま気にせんといてな」
「え…?」
その僕の言葉を聞き、トースは一瞬表情を曇らせた。彼らが描くビジョンを素直に受け入れる事ができないという僕の強い眼差しに何かを感じ取ったのか、トースは無言で頷いた。
「わかった…。ほんだら開けるきんな。」
彼はそう言うとゆっくりと扉を開け、二人は部屋へと入った。
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