第10話 第三章 困惑
上空から声がする…。
「…岡…。岡田…。岡田よ。」
神が僕を呼ぶ声なのか…?いや、どうだっていい。
神でさえ今の僕の気持ちは理解できないだろう。その呼びかけに答えてもどうにかなる訳ではない事は分かっている。もう僕の事はほっといてくれないか?僕は再度深く項垂れた。しかし呼びかけは続いている。
「岡田…。岡田よ?岡田君?」
神がただの人の子である僕にお気を掛けてくれているのを深く感謝しようとも思ったのだが、やはりそんな気分になれないのでやはり無視を続ける事にした。
「岡田君?をォいっ!岡田っ!おーかーだぁぁぁアアア亜あああ阿っ!」
しつこい!そしてうるさい!人が真剣に落ち込んでいるのに空気読みやがれコノヤロー!と心の中で叫びながら怒りと共に上空を睨んだ。
「やっと気づいた。お前ずっとそこに座りこんどるきん心配しとったんよ。こたないんか?」
僕が睨んだ先に誰もいなかったことでふと冷静さを取り戻した。そっと声がした校舎がある方向へ視界を動かしてみると、そこにはニヤニヤしながら手を振っているヒロの姿と、背中を見せながらこっちを見て微笑んでいるフミの姿があった。
「すぐそっち行くきん、ちょっとまっちょれや。」
ヒロはそう言うと、フミと共に窓側からいなくなった。声の主が神だと思い込んでいた自分に対しての恥ずかしさと、落ち込んでいる理由さえ分かっていなかったので
質問されたらどう答えるかべきか見当もつかないのとで、僕は瞬時にパニックに陥った。一人オロオロしているうちにいつの間にか二人は僕の元へたどり着いていた。僕はそれに気づくと同時に引きつり笑いをしながら冷静さを装った。
「お、ォ…。お二人さん…やん?げ… 元気かや?お、俺は… 元気サ…。」
明らかに異常である。二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「岡田、ほんまこたないんか?トースの家行かないかんのじゃないん?」
僕は優しく問うヒロに眼を合わす事さえ出来なかった。しかし不安感を見せる事なんて出来やしないのでとにかく話を促そうとした。
「あ…。そ、そうやったな。行かないかんのやったな…。そうそう…。」
自分なりに自然を装ってみたつもりなのだが全然なっていないらしく、二人はまた顔を見合わせて困った顔をした。
体育館と校舎の間から漏れる夕暮れの日差しと蜩の鳴き声が僕の心を余計惨めにさせていく様だった。三人沈黙に時を過ごしている。
「岡田な、トースの家に行くの嫌なんだろ?」
フミの確信に迫る言葉に僕の心は抉られた。
「フミ、なに言い出すん?そ、そんな訳ないやんか!トースと仲直りできたのに嫌な訳ないんやん!よう言うわ。」
僕は今出来る全ての神経を顔に集め懇親の笑みを作った。するとフミは不機嫌そうな顔になり声を荒げた。
「だったらなんでこんな所でウダウダしよるんぞ!自分の中で迷う事があるきんだろわ?どうなんぞ?」
僕は俯きその場で固まってしまった。
「トースとは表じゃ仲直りできたと言よるけど自分の中じゃまだ終わってないんじゃないんか?お前今までトースに相当な事されとるし、その仲間からも騙されかけた訳じゃきん、そりゃ単純なもんでもなかろ?」
フミの言う事は全て当たっていた。しかし足りないのだ。僕はフミを睨みつけた。
「そんな事くらい分かっとるわっ!お前なんぞっ!俺の心えぐりまくってそんなに楽しいんか?」
「だったらなんでそんなに落ち込んどるんぞっ!」
「分からんのよ…。」
「はぁっ?」
二人は一斉に僕の方を向いた。
「今からせないかん行動が分からんのよ…。トースとは確かに仲直りはしたけど、あの辛かった日々まで許せたんか言うたら俺の中で疑問あるし、しかもその辛かった日々を造った奴らの中へ馬鹿みたいにヘラヘラしては行けんのよ…」
やっとの想いで告げると僕は思わずその場に顔を伏せてしゃがみこんでしまった。僕の核心に言葉を失った二人はその場に立ち尽くすしか出来ない様子だった。
しばらくお互い沈黙し、聞こえてくる部活動の声だけが無機質にこだましていた。まるでその場を静寂させないかの様に…。気がつくとヒロの手が僕の肩に触れた。
「まぁ、言いたい事は分かる。けどな岡田。そのまま何も知らんと終わらせるのもいやだろ?しっかり現実を見て、それでお前がいやならはっきり断ってやればええやん。なっ?」
僕ははっとなり即座にヒロの顔に視線を移した。まさに眼から鱗がポロポロと落ちる感覚にとらわれていた。
そうだ、そうなのだ。まずは奴らの真意を聞く必要がある。もし気に食わない事が一つでもあるならば、はっきり拒否すれば小気味良いではないか。
僕はそっと天を仰いだ。
「ヒロの言うとおりじゃわ。胸の支っかえが取れた。ありがとう…」
「そんなんえんじゃ!岡田、行って来い!」
ヒロはそう言うと、僕にそっと拳を出した。僕は笑顔でその拳に自分の拳を合わせた。僕達の理解し合えた時のサインである。
霧がかかった心は嘘の様に透き通り、まるで夏の雲ひとつない青空の様であった。もう、迷いはない。迷わない!二人に手を振り、僕は自転車置き場へとかけて行った。
嬉しそうな僕の背中に二人の熱い視線が心地よく刺さっているのを感じながら。
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