第8話 第三章 困惑
時は昼休みを迎えた。
朝の会議の内容など触れもせず、何気ない話を繰り広げながら、楽しく昼食をとっていた。
他のクラスメートはテストも近いせいもあり、昼食をとりながら参考書を広げている。
そんな姿を少し気の毒に思いながらも目を背けた。
話の流れでコーヒーでも買いに行こうという事になり、教室を出ようとしたその時、十五時の方向からばたばたと何者かが走ってくる物音がした。
皆は驚きその方向へと眼を向けると、そこにはトースがなぜか真顔で、しかも横走りに僕達へと近づいてきていたのだった。
「お 岡田さん…。」
そう言うと苦しく手を差し伸べながらその場へと倒れこんだ。それはまるで時代劇のワンシーンにも思える様だった。
「ト トースどしたんじゃ?」
僕はその予期せぬ行動に驚いて問いかけてみると、ふるふる震える手を伸ばしながら密かな笑顔で僕に問いかけた。
「お 岡田さん…。き き 今日…。ほ 放課後…。ひ 暇でっしゃろか…?」
彼は今にも息絶えそうに声で僕に訴えてきた。
「う うん、暇じゃけど…。どしたの?」
彼の体をしっかり支えながら問いかけた。
すると彼は至近距離で流し目になり、苦しいのか悲しいのか分からない表情をした。
「い 一応メンバーに話してみたんよ…。そ そしたら今日の放課後なんてどうかって言われた。じゃけん聞きに来たんよ…。ううっ…。」
体をよろめかしながら萎れていき、いきなり腕で瞼を押さえ、ほろほろと泣き出してしまった。
何故か悲しいらしい。
僕は困ってしまい仲間達の顔を見ると、皆関わらんといわんばかりに明後日の方向を笑顔で見つめていた。
今はこいつ等に頼る事はできない事を瞬時で悟り、トースの方を確認すると、彼はまだしくしくと泣いている。
どうしようもなく彼の肩を抱き起こした。
「何も予定ないし行けると思うよ。で、何時に行けばええん?」
「ほんまに…?ほんまに来てくれるん?」
「おう。行くよ。」
彼は涙目で僕に問いかけると、僕は笑顔でそれに答えた。
「で、何時なん?」
僕はまた彼に問うと、彼はいつの間にか泣き止んで真顔になっていた。
そしていきなり俊敏に体制を整え、ダンスなのか民族踊りなのか分から
ない、とにかく激しいステップを刻み始めた。
そのステップを呆然と見つめていると、何事かと周りにいた人達が集まってきて、気がつくと僕の周りに人だかりが出来ていた。
必死にステップを刻むトースの姿に声援を送る者もいて、遂には手拍子の大合唱となっていた。
彼は限のいいところで劇的なキメを入れ、周りは拍手喝采となった。周りの歓声に手を振りながら、僕の方に爽やかな笑顔を向けた。
「十七時に俺の家に集まるようになっとるけん、遅れんと来てな。」
そう言い残すと仲間達と漏れなく握手を交わし、歓声の中、投げキッスをしながらその場を去っていった。
彼が去った後、人だかりも消え、いつもの昼休みの雰囲気に返った。
僕はひとまず息を吐き周りを見渡すと、皆が何か言いたそうに僕の顔を睨み続けていた。
言いたい事はなんとなく分かっているので、敢えて目線を合わさず呆けていると、普段決して大声を上げるはずのないかっちゃんが沈黙を破るように突然声を荒げた。
「君の友人だから我慢して黙していたがやはり我慢できない!彼は一体何者なんだ?大丈夫なのか!」
何者かと問われると高島徹であり、大丈夫かと問われると僕もさっぱり分からない。
以前に菊ちゃんや他の同後輩から聞いていた彼の不可思議な行動を今ようやく理解する事が出来た。
あんな姿を見て、皆が驚いて報告してくるのも無理はない。心の中で皆に詫びた。
困惑を極めている様子の皆をどうにか何とか落ち着かせようと、僕は明るくおどけて見せた。
「か 彼もあんなけど間違えなくええ奴じゃけん!別に俺らに迷惑かけてないからええやん!な、行こや。」
皆は当然納得していない様子で首を傾げている。
「い いや、十分迷惑し…。」
「さあ!行こ行こっ!」
ヒロが何か言いかけたのを強引にねじ伏せて自動販売機へと手を引っ張った。
そっと後ろを振り返ってみると、遠くでトースが僕達の方を笑顔で見つめ軽く会釈をした。
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