第5話 第二章 兆候

 あの日に語り尽くした仲間達とも変わらず仲良く過ごしながら季節は初夏を迎えていた。


 だんだんと暑くなる日々が人々を不快に思わせているのだが、学生達は暑いだけが不快感の根源ではない。


 とにかく中間テストを近くに控えており、苛立ちを隠しきれずピリピリとした緊張感がクラス中を漂わせていた。


 テスト前になると、自己申告で受講させてもらえる講義が放課後に行われていて、テストに出る問題が当たり障りなく教えてもらえる事もあり、皆がそれを頼りに残っていた。


 人となにかと争う事を嫌った性格のせいか、ただ面倒くさいだけなのか、僕はテスト日が近づいても特に勉強もせず、そんなクラスメートの姿に後ろめたく感じながらもいつもこっそりと教室を後にしていた。


 その日は毎回欠かさず見ていたアニメの放送日だった為、とりあえず毎日立ち寄っている駄菓子屋でスナック菓子を買い、猛ダッシュで家路を急いだ。


 自宅へ到着すると階段を飛ぶように駆け上り、リビングへと滑り込んだ。そして透かさずテレビをつけ、チャンネルを合わせて現時刻を見た。


 放送がまだ始まる前で安心してスナック菓子の袋を開け、番組が始まるのを待った。


 人類の前に突如現れた謎の未確認物体を、見た事も聞いた事もないロボットに乗らされ戦闘へと向かわされた気の毒な少年の物語である。

 戦闘の度に周りのオペレーターに指示されて手探りで操縦していき、なんとかその物体達を撃破しながら日々を刻んでいく中、様々な人間模様に苦悩し、傷つき、悲しみ、そして人の愛し方を知る。


 そんな主人公の不器用な姿が若者の心を捉え支持されて、アニメにしては近年まれに見ないほどの高視聴率をたたき出したモンスター番組なのである。その番組を毎週楽しみにして見ていた。


 番組も終えテレビのスイッチを切った。自分の部屋へと向かいベッドに横たわった瞬間、急いで帰ってきて疲れたせいか少し眠気を覚え、眠りへと誘われた。


 幸せに酔いしれながら夢へ沈みこめたと思えた時、突然一本の電話が鳴り響いた。

 どうせろくな電話ではないだろうと初めは無視して寝ていたのだが、あまりにも長いコールに違和感を覚え、軽く寝ぼけながらも電話をとった。


「はい、岡田です。」

「おおっ、岡田さん?俺よ、徹。」


 紛れもないトースの声に驚いた僕はおもわず絶句してしまった。

 数秒経っても反応が返ってこない事に心配した様子でトースから話しかけてきた。


「お 岡田さん?もしもーし?」


 続いての声にはっとした僕は、とりあえず冷静を装った。


「お おぉ、ト トースか。めっちゃ、ひ 久々やなぁ。突然、ど どしたん?」


 やはり冷静には対応しきれず言葉はどもり、声も裏返ってしまった。


「いや、ちょっとあってな。今暇?」


 そんな事に気にはしないのか彼は至って普通だったが、電話越しに聞こえてくる周りの雑音が少し騒がしく聞き取りにくい。


「はぁ?何言よるか聞こえん。」


 僕はもう一度彼に聞き返した。僕側の声は彼には普通に聞こえているらしく、鬱陶しい口調で答えてきた。


「じゃけん、岡田さんが今暇か聞きよるんよ。あっ、ちょっと待ってな。」


 声は急に明るくなり僕との会話を止めた。

 どうも彼はその場に一人ではいないらしい。誰かに話しかけられて笑っている声が微かに聞こえてきた。

 その彼の態度に僕は少し苛立ってきた。


「じゃけん何?なんなん?」


 僕は少し声を荒げて聞き返した。その対応に驚いたのか、彼は申し訳なさそうな声で答えた。


「ごめんごめん、実は今カラオケにおるんじゃけどな、岡田さん来れん?」


 突然連絡してきて、カラオケに誘う彼の不可思議な言動に正直戸惑いを隠し切れなかった。いまいち状況も把握できてないし、とりあえず周囲に誰かいるのかだけ聞いてみる事にした。


「周りに誰かおるん?」


 すると彼は受話器に手を当ててこそこそと誰かに相談している様子だった。次の瞬間彼の口からとんでもない返答が返ってきた。


「えっ? い いや、 俺一人やで。久々岡田さんと会ってカラオケしたなったけん電話した。」


『…?』 


 彼の態度と、疲労感と、極めつけの見え透いた嘘に、僕の怒りは最高潮となった。


 自分の心に覚悟を決め、新たなスタートを切った矢先の事なので尚更である。僕は怒鳴る様に彼に言い放った。


「じゃけん今更なんなんって!カラオケ?知らんわ!勝手にやっとけや!」


 そう言い放った後、叩きつけるかの様に電話を切った。もう彼とは関わる事もないだろう。そう思った瞬間、足の力が抜けていき、その場へとしゃがみこんでしまった。

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