第4話 序章 告白
何気なくテレビをつけて季節は梅雨へと変わっていた事を知った。
あれからクラスメートに数名の友人ができ、皆気さくないい奴ばかりなので彼らと過ごしているとなんとなく心も安らいだ。
皆と昼食を共にしていた時、グループの一人が岡田の家に行ってみたいと言い出した。
しかもなぜか今日じゃなくてはいけないらしく、基本的暇人である他の奴らはその意見に大いに賛同した。
当然僕は断ったのだが、異常な盛り上がりを見せる彼らの姿に収拾つかなくなり、仕方なく了解してその場を治めた。
やべぇ、大変な事になった。
やはりやる気の出ない生活を続けていた事もあり、僕の部屋はストイックさの欠片もない散らかりまくった状態と化していた。
僕の親は共働きであまり家には帰らないので、急遽電話して片付けを頼める訳でもない。散々苦悩したあげく、いよいよ僕は覚悟を決めた。
その状態を見られて何を言われたとしても笑い飛ばす事にしたのだ。
そして放課後、皆を自宅へと案内した。
家に到着し、皆は物珍しげにどよどよと家の中に入っていった。
育ち盛り、食い盛りの漢どもが五人。でかい靴が何足も置かれた為、玄関はむさ苦しい状態となった。
中に入ればすぐに二階へ行く階段があった。家全体を見れば割と広めの住居なのだが、一階は別の所に入り口があり、急な客人が訪れた時の応接間とその客人を泊める寝室となっていた。実質生活するスペースは二階だけなのでそう広くもないのである。
階段を上りきってすぐにある右の扉を開けると僕の部屋がある。皆はどんな世界が広がるのであろうと胸ときめかせながら部屋に入った瞬間、一斉に凍りついた。
長方形八畳のフローリング部屋で片隅にパソコンが一台とその横には寄り添う様にシングルベッドが置いてある。小さいCDプレーヤーが一つ無造作に転がっていて、他のスペースはお菓子の食べかすや読みっぱなしの雑誌、脱ぎ散らかした服が散乱してどう考えても足の踏み場もない見るも無残な光景だった。
皆の反応を予測出来ていたので、僕は無言で片づけを始めた。もてなすのを嫌がった意味を知り、申し訳ないと思ったのか皆透かさず片付けを手伝った。僕は止めたのだが、皆無言でそして真顔でテキパキと動いていた。
大勢でする片付けはスムーズに進み、およそ二十分も満たないくらいに部屋は片付いて、打って変わって殺風景なものとなった。
僕は皆に礼を言い、その場を避けるかの様にリビングへと皆を誘導した。
仕事に忙しい両親なのだが、潔癖症と思われても仕方ないくらいのきれい好きで僕の部屋以外はいつも完璧に掃除していた。(思春期の男の子だとほっとかれていたらしい…。)
リビングに入って皆周りを見渡した。セレブ生活を意識して置かれたと思われる大理石でできた六人用テーブルがスペースいっぱいに置かれてあり、その横に障子を隔てて六畳の座敷がある。リビングの先にはキッチンスペースがあり、合計十八畳の空間が広がっている。
皆はそのテーブルをぺたぺたと珍しそうに触りながら席へ着き、各自持ち合わせたスナック菓子を広げ、何気ない雑談タイムが始まった。
学年のかわいいと思われる女子の話や、各教科を受け持つ先生の良からぬ噂。部活の話題や学食メニューのランキングなどと、いかにも学生がするようなべたな話題が飛び交った。
ある程度話す事も尽きてきて、もうそろそろお開きの時間かと思われたその時、琢磨博樹(通称 タク)が中学時代の変わった友人の話を始めた。
その友人は小学生の時に大阪から転校してきて、独自のお笑いセンスと奇怪な行動で一躍人気者となったらしい。そんな彼の起こしてきた嘘の様な本当な話を、皆腹を抱えて笑い転げた。
その話を起爆剤とし、それぞれ過去にあった愉快な出来事を語り始めた。それぞれ出身校は違っていたので、周りにかって知ったる知人がいないのをいい事に無茶苦茶な事を暴露し続け、笑い合っていた。
僕はその話題を何気に聞いていると、西脇頼友(通称 頼さん)が『岡田はどうだったんだ?』と訊ねてきた。
一斉に僕の方へ顔を向け、期待した面持ちで見つめられた為、特にないといえる状況ではない事を悟った僕は、ゲームばっかりしていた小学校の時の事や、同後輩達と繰り広げた部活動の日々を語った。
僕の話にシャレた話題はなく、笑える所もなかったのだが、皆話に相槌を打ちながら笑顔で話を聞いてくれた。本当にいい奴ばかりだと心から思えた。
最後に高島徹の話をした。かつてゲーセン仲間であり、中学の部活動ではバディーだった事。高校に入ってもずっとつるんでいて、ある日突然新しい趣味と仲間を作り僕と疎遠状態になってしまった事…。
暗い話にならない様に心がけて話したつもりだったが、その場の空気は重苦しいものとなり、遂には皆俯いてしまった。
沈黙した空間の中、近くにある小学校からブラスバンドの練習だろうか、トランペットの音が静かに聞こえてくる。そのトランペットの旋律を必死に追いかけているかと思う程皆は黙りこくっていた。
重苦しい空気を作り出した原因である僕は、暗い表情を浮かべ、俯きながらも『小学生にしては洗練された旋律だなぁ。』と感心しながらその旋律に耳を傾けていた。
そろそろ誰か話し始めてくれと誰もが顔を歪ませて思っていたその時、その音が沈黙を切り裂くようなどえらい不協和音を奏でた。その音に反応し、皆机からずりコケてしまった。
体勢を整え、顔を見合わせると透かさず大爆笑が起こった。その不協和音に一同は心から感謝したと思う。
そんな中、タクは僕に優しく諭すような口調で話しかけてきた。
「岡田の気持ち俺ようわかるわぁ。俺もそれによう似た事があってな、兄貴に相談した事あるんじゃって。んならな、高校入って初めの方はやたら連れできて、昔の連れとあんま遊ばんくなるんじゃ言よったわ。それに落ち着いてつるむ連れも減ってきたらな、また昔の連れともつるむ様になる言よった。じゃきん、あんま気にせん方がええで。」
タクの表情は優しく、でもその裏にある憂いを僕はなんとなく感じとる事ができた。そんなエピソードを聞いて、皆それぞれ高校に入学して変わっていった友達の事を語り合った。
僕やタクと同じく仲良かったけど新しくできた友達と遊びだして連絡取らなくなった友人の事、親の転勤で他県に引越しして同じ高校へ共に通えなくなってしまった友人の事。高校に入学して彼女ができ、態度が急変して連絡が途絶えた友人の事。皆それぞれ笑顔の奥に憂いを抱えている事を初めて知った。
僕は一人じゃない。
皆もそれぞれ悲しさを乗り越えて今を生きているのだ。今日ここに集まった皆はかけがえのない友達であり、同じ時代を生きる新たな仲間達だと素直に思えた。
時間も十九時を回っていた事にようやく気づき、皆はあたふたしながら家を飛び出していった。僕は外まで彼らを送り出し、その後ろ姿を見えなくなるまで見送った。
暮れなずむ街の中、我が街のシンボルとも言える紙工場の煙突が遠くで相も変わらず煙をもくもくと出し散らかしている。そんな景色は昔から悲しいかな変化しないが、今日という日と経て僕の心は優しく、そして強く変化する事ができた。
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