第三十九話 帰結
とても一件落着と言える結末ではなかったが、宛の狂乱は結果的に藍の主張の正しさを裏付けることになったと言える。
捕らえられた宛は憔悴しきり、臣下の者たちに連れていかれる間、ずっと笑っていた。
涙を零しながら。
幸い藍の怪我はそれ程深手ではなく、応急処置だけ行った
「君は……」
と、
その場に残れば根掘り葉掘り問い詰められることが目に見えていたからだ。
藍にはすまないが、皓皓には皇たちからの詰問に耐えられる自信がない。
ともあれ、藍の冤罪は晴れた。
彼はこの後、弟皇子として皆の前で事の次第を
皇宮の屋根を飛び越え、大神殿の上空を通り過ぎて、
安堵と疲労に、皓皓は両羽を閉じる。
終わった。終わったのだ。
全身に硬く絡み付いた温もりがするりと
(逝ってしまうの?)
声にならない芻の肯定がわかった。
変化を解く瞬間は、皆、こんなに寂しい想いをしているのか。
魂の細い糸を
完全に離れてしまう直前、芻の魂が皓皓を強く抱き締めた。
顔を色から
(そうか。もう、いいんだね)
ある日突然、無理矢理に断たれてしまった生に、心残りは山程あるだろう。
だが未練は感じない。彼女もまた、やりきったのだ。
心は残していって構わない。愛しい人たちの元に。藍の隣に。
ただ、魂は安らかに、神の元へ。
芻は自分でそれを選べる、強い人だ。
最後に皓皓の頰を撫でるようにして、芻の魂の温もりは空に溶けていった。
「逝かれたのか?」
ずっと此処で二人が戻るのを待っていてくれたようだ。
「うん。肉体を火で清めるまでは、神の元へは還れないらしいけれど」
「遠からぬうちに進言しよう」
墓を暴くことに抵抗はあるだろうが、芻はきちんとした形――鳳凰之国のやり方で弔われるべきだ。
鷹順はそれを約束してくれた。
彼の中には藍と宛の決闘を、主の行く末を見届けたい気持ちと、見届けたくない気持ちの両方が混在していたことだろう。
宛がどうなったかを彼に伝えるべきかどうか、皓皓は迷う。
いずれ知ることになるとしても、あの狂気の笑い声だけは、鷹順は聞かなくて良かったと思う。
「……肩の怪我」
「え?」
「おまえの肩を、射っただろう。あの怪我は、もういいのか?」
「ああ。うん、もう、すっかり」
そう言えば、あの矢を射ったのは鷹順だったか。
「すまなかった」
言われなければ忘れていたようなことを律儀に謝る鷹順に、皓皓は小さく頷く。
気にするな、と言えない。でも、肩の傷はもう痛まない。跡は残るだろうが、それで彼を恨みはしない。そういうことだ。
火の神が持つ熱の元、怒りによって理不尽と戦うのが、
皓皓たちには、チノたち
それでも、火もいつかは燃え尽きる。
そうして後に残る白い灰は、軽々と空に舞い上がることが出来るだろう。
藍にも早くそんな日が訪れるといい、と思う。
「あなたは、これからどうするの?」
これから、宛は芻を殺した罪を問われ、報いを受けることになる。
片割を手に掛けた大罪は決して許されない。
死罪を
彼に仕えてきた鷹順も、今のまま立場でいることは出来ないだろう。
「俺は宛様の従者だ。それは、一生変わらない。たとえ片割を亡くしても、な」
「そう……」
それが彼なりの、けじめの付け方なのかもしれない。
「宛様は、俺のことをどう思っていたんだろうな?」
「え?」
「真意を打ち明けて頂けなかったということは……俺は、信頼されていなかったんだろう」
皓皓は口を
宛は、
そんな彼が鷹順を心から信頼していたとは思えない。
ただ、近しい存在であるからこそ、打ち明け難い思いというものもある。
宛は鷹順に側に居続けて欲しいからこそ、己の持つ凶悪な一面を見せたくなかったのかもしれない。
しかし、皓皓は浮かんだその考えを鷹順に伝えることはしなかった。
それは皓皓の勝手な想像、もしくは願望でしかな、安易な慰めは却って相手の気持ちを逆撫でする行為だとわかっていたからだ。
「おまえこそ、どうするつもりだ?」
逆に問われ、皓皓は思いを巡らせる。
「僕は……」
故郷に残してきたものがある。
空けっ放しの山小屋が心配だし、久しぶりに養父母や、片割の墓参りをしたい。そこに
藍の訴えが届き、国のあり方を改めていくにしても、
厳しい冬はまだ半ば。診療所はこれから、更に大変な時期を迎えるに違いない。
決別したとは言え、皓皓に出来ることがあるなら手伝いたい。
事の次第を報告するという、チノとの約束もある。
ナルスたちの一家にも、藍と皓皓の無事を伝えたかった。
いつか落ち着いたら、また藍と共に狼狽之国を訪ねてもいいかもしれない。
でも、目下のところは。
「取り敢えず、藍を迎えに行かなくちゃ」
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