第四十話 巣立
諸々の後始末を終え、
「おかえりなさいませ!」
「よくぞ御無事で!」
他の者たちは主の帰還にも姿を現さず、今まで通りの「見えない使用人」に戻ってしまったらしい。
寂しい気もするが、彼らの心遣いは目に見えずとも十分に伝わっていた。
あの日、二人を逃がすために
「よかった」
皓皓に、そして、藍にとって何より気掛かりだったことだ。
「下手に罰を与えれば、反発されて真実を明るに出る可能性があるからな。宛も横暴な手段には出られなかったんだろう」
元よりこの宮の者たちは何も語らない。
ならば今まで通り沈黙を貫かせた方が良いという判断だったのだろう。
藍はそう言うが、皓皓はどうしても思ってしまう。
あるいは、宛にも少しは後ろめたい部分があったのかもしれない。と。
ひどく懐かしく感じる部屋。
荷物を
皓皓の
借りていた
部屋を出ると、まっすぐに上を目指した。
嘘ような、夢のような日々が始まる前の、ただの一庶民だった皓皓の姿で。
最上階、例の扉は鍵が開いていて、
何も言わずとも、藍は無言で、皓皓が隣に立つことを許してくれる。
二人は並んで、冬晴れの冴え冴えとした空を見上げた。
「背中、もう痛まない?」
「ああ。おまえの薬が良く効いた」
「なら良かった」
空位になった皇太子の座に、公にその存在を認められた藍が返り咲くこととなったのだ。
これから藍は、皇族としての公務に就くこととなる。
そのためにはこの宮を離れ、皇都に移らねばならない。
ちなみに、宛はしばらく牢獄に入れられた後、此処とはまた別の、
余談ではあるが、鷹順もそれに従うことにしたと聞いている。
「立場が逆になってしまったな」
藍が呟いた。
勝手な話だ、と皓皓は思う。
しかし、それが本来のあるべき形でもある。
藍は
きっと藍とっては、今まで以上につらく苦しい日々が待っている。
それでも、其処でしか成し遂げられないこともまた、確かに存在するのである。
そして、それはずっと藍が望んできたことだ。
この国を、救う。
そのために、藍は鳥籠の宮を巣立ってくのだ。
では、皓皓は?
「僕が付いて行くわけにはいかないよ。どういう立場でいればいいんだ。
結局のところ、僕は藍の何でもないのに」
「普通に側近でいいだろう」
「家来になれって言ってる?」
「俺の力になると言っただろう」
「言ったね」
確かに、言ってしまった。
だからと言って、こんな一庶民が
いつもずけずけと物を言う藍が、珍しく言い
それから、歯切れ悪く零す。
「側にいてくれと、言わせたいのか?」
不覚にもどきりとしてしまった。
「言ってくれるの?」
「言われたら困るだろう?」
「困るけど……」
この宮での暮らしでさえ、皓皓の身の丈に合わなかった。
寝具は柔らか過ぎるし、着物は
これが皇宮での暮らしとなったらどうだ? 想像するだけでうんざりだ。
「でも、いいよ」
この先一生、誰かの一番大切な存在になることはないのだろうと思うと、どうしようもなく
その虚しさに一筋の光を差してくれたのが、藍だった。
彼のためなら、少しくらい困ったって構いはしない。
皇都に旅立つまでの間に、少しだけ時間を作って、皓皓は藍と二人きりで宮を抜け出した。
あの夜よりずっと冷たくなった空を縫うように飛んで、皓皓の山小屋に降り立ち、養父母と『皓』の墓に花を供える。
驚くことに、ハシバミはまだ馬小屋に居た。
「皇都に連れて行ったら駄目かな?」
「……打診してみよう」
「駄目なら、チノに預けようか」
風のようにあちこちを渡り歩いてる彼の行方は知れず、全てが終わったことを知らせる便りはまだ彼に届けられていない。
「春になったら、ナルスたちの所に使いを出す。いずれあいつの耳にも入るだろう」
「うん」
「まぁ、あいつのことだ。もしかしたら、もう既に、なんらかの手段で全てを把握しているかもしれないがな」
風の神の加護の元、鼻の利く彼のことだ。十分ありうる。
「そうだとしても、もう一度、きちんと会ってお礼を言いたいよ」
皓皓が言うと、
「礼、か」
と、藍が呟いた。
「……皓皓」
「うん?」
「ありがとう」
「……うん」
「僕の方こそ、ありがとう」
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