第十五話 金色の鳥(二)
一旦宮の中を通り抜けて、中庭へと
「お茶の用意をして頂けますか?」
付いて来た臣下の一人にそう言って、残りの者たちには離れた場所に待機しておくよう指示をする。
中庭の真ん中には
辺りには剪定された木々と手入れの行き届いた季節の花が並んでいる。
皓皓も宮を探索していた時に覗いたことはあったが、前庭のように薬草が自生したりはしていないので、あまり興味をそそられずそれきり足を運ばなかった場所だ。
しかし、改めて見ると、綺麗な庭だった。
芻がその場に立つと、中庭の景色はそう用意されていたかのように彼女に馴染み、絵になった。
このための場所だったのか。そう思えてしまうくらいに。
先程芻から言い付けられた臣下の青年が、水差しやら茶碗やら、一式が乗った盆を携えて戻って来た。
「ありがとう、
青年は卓上を整え終わると、二人に一礼してその場を下がる。
どこかで見たような気がする顔だが、どこでだったか。
芻は手ずから茶瓶を取り杯に注いで、菓子と一緒に皓皓の前に並べた。
「どうぞ、召し上がって。都からのお土産ですの」
「あ……すみません、頂きます」
木の実と干した果物を刻んで混ぜた焼き菓子は、里ではほとんど見かけない高級品で、小さく齧ると口の中に品の良い甘さが広がった。
「私ね、
両手の指を組んだ上に顎を乗せ、芻は茶目っ気のある上目遣いで皓皓を見た。
「でも、驚きましたわ。まさかこんな可愛い女の子だったなんて。
宛ったら貴女のこと、男の子みたいに話すのですもの」
口に含んだ茶を吐き出しそうになる。
「あらあら」
ごほごほと大きく噎せ、痛む肺を撫でながら、一度深呼吸をして、それから改めて顔を上げた。
「どうして?」
「どうして、って?」
「どうして僕が女の子だってわかったんですか?」
皓皓が自ら「男だ」と名乗ったことはない。
が、そう思われるよう、意図的に振舞っていたのは事実だった。
着物も、髪型も、言葉遣いも。
幼い頃からずっと、男の子のふりをしてきた。
「どうしても何も、見たままでしょう?」
それなのに、初対面の芻に一瞬で見破られてしまうとは。
「もしかして、藍も気付いて……」
肝を冷やした皓皓に、こてん、と首を倒した芻はやがて、
「あら、まぁ。なるほど、隠していたのですね」
と、頷く。
「だから宛も藍も何も言わなかったのね。大丈夫。多分、藍も気付いていませんわ。
二人ともどうして気付かないのかしら? 男の人の目って節穴なのね」
「いえ、こんなにすぐ気付かれたのは初めてです。
僕自身、女の子らしさが少しもないのは自覚していますし……」
「あら、そんなことありませんわ。貴女、とても可愛いですわよ」
「初めて言われましたよ、そんなこと……」
里の人たちだって、昔からの顔馴染みである
近頃は
同じ女だから? もしくは、おっとりしているようで、彼女はかなりの観察眼の持ち主なのかもしれない。
「ねぇ。もし
「里に伝わる
ばれてしまった以上、無理に隠すことでもない。
正直に理由を打ち明けてしまうことにする。
「僕が『
「ええ」
「古い風習で『双子の
片割の分まで生きるという意志を示すことが供養になり、先に亡くなった子の魂は悪霊にならず、遺された方を守ってくれる、と」
昔、お産で胎児が死んでしまうことが少なくなかった頃の、田舎の一部にのみ残る風習だ。
そもそも双子のどちらかだけが早くに死んでしまう、という状況が珍しい今となっては、律儀に従っているのは皓皓くらいのものではなかろうか。
「なるほど。藍が喪服を着るのと同じような理由ですのね」
藍が黒い着物しか着ない訳。
そう。あれもまた、厄除けの呪いの一種だ。
敢えて自ら
「亡くなられた貴女の対の方は、男の子でしたの?」
「はい。『
「貴女の本当の名前は?」
「ごめんなさい。成人するまでは、明かしてはいけないことになっていて……」
「そう。わかりましたわ」
信心深かった養父母の教えで、生まれた頃からずっとそうしてきた。
亡き片割の名を名乗り、男の子の格好をして。
それは皓皓を縛り、自由を制限する掟だったかもしれない。
でも。
「でも、貴女はそれを不幸と思ってはいないのね」
心に抱いていた思いを、そのまま言い当てられたことに驚いた。
同時に、胸が熱くなる。
「……はい」
失くしてしまった己の半身。
彼の分まで生きなければ、という使命感は、重荷であると共に、片羽である故の虚しさや恐ろしさを和らげてくれた。
例えば里の女の子たちのように、髪を
しかし、泥に
「あのね、皓皓。もうそう呼ばせてもらいますわね」
芻が皓皓の茶杯に新しい茶を注ぎ足しながら、続けた。
「私ね、宛がしたことは本当にひどいことだったとわかっていますの。それは本心よ。でもね、もしも貴女が藍のことを嫌いでないのなら……
貴女が本当に、藍の対の相手になってくださればいいのにって、そうも思っていますのよ」
「え」
「私ね、藍が好きなの」
そう言って、芻は微笑んだ。
ただ明るいだけではなく、芯に強さを秘めた笑みだった。
内気な子供のようにはにかみながら、それでいて一切恥じることなく堂々と、芻は藍を好きだと言った。
それはきっと、身内の親愛以上の意味を持つ好意。
「藍は優しい人よ。優しくて、周りのことを気にしてばかりいる、怖がりな人なの。
皇子なのに一人で生まれたことを
だから誰も傷付けないように他人と距離を取って、余計に一人になって、孤独になって。そういう人」
「……はい」
藍と出会ってまだひと月だが、小翡や小翠に聞いた過去の話からだけでなく、実感として、皓皓にももうわかっていた。
幼い頃から交流があった芻には、もっと切実に感じられていたことだろう。
「私は藍のその寂しさを埋めてあげたい。ずっとそう思っていましたわ。
でも、私では駄目なの。私には宛がいるから。
私がどんなに藍に語り掛けても、藍にとってそれは白々しい慰めとしか受け取れないのですわ。私には、藍の孤独を本当には理解出来ないから」
「僕だって……」
一口に片羽と言っても、皓皓が抱いてきた『一人』と、藍が背負ってきた『一人』はまた違ったものだ。
今も失くした片割を抱いて生きている皓皓と、生まれる前から
出会って間もない時、藍は皓皓を指して「片羽ですらない」と言った。
失う半身すら初めから持たなかった藍の孤独は、きっと皓皓よりもっと深い。
藍の寂しさを本当にわかってやれるかと問われれば、「はい」とは答えられない。
ただ一つ、言えるとするならば。
「それでも……僕は、藍の力になりたい、です」
藍を連れ出して夜空を飛んだあの日。
差し伸べられた鷺学の手を振り払って、藍を追い掛けた。
あの時彼に告げた言葉は、今でも変わらず胸の中にある。
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