営業

加奈はやっと共通の話題が出来て笑みが浮かんだ。

「私、バックが苦手でなかなか安定しなくて・・・」

「それは肩甲骨を上手く使う事です。

体の捻りでかなりボールに威力が出ます。

そうすればわざわざフォアに回らなくても、

威力があるボールが返せます」


「ああ、松平君もテニスをやるのか。

俺はインターハイの2回戦まで行ったけど」

亮と加奈の会話を聞いていた大橋は

テニスのキャリアを自慢げに話した。


「僕は試合経験1回だけです。

大橋君の方が的確な指導してくれそうですね」

亮は優しく微笑んでテニスの話題を終わりにした。

すると加奈はスマフォを取りだした。


「すみません。LINEのID教えてください」

「えっ、いきなりですか?」

亮は積極的な最近の女子大生の行動に驚いた。

「男女の出会いは第一印象が大切なん

だっておばあちゃんが言っていた」

加奈は積極すぎる自分を恥じらい言い訳をした。


「確かに男女の惹き合いは遺伝子レベルだけど・・・」

「えっ、遺伝子レベルなの?」

「近親交配には弱体や短命の子孫が生まれる可能性が

あるので本能的に遺伝子が遠い方を選ぶそうです」

「血が濃いといけないの訳?」


「はい、アインシュタイン家は近親交配

天才は生まれたけど、短命も多かったそうです」

「そうか、面白いですね」

「だから一目ぼれは生まれが遠いほど

あるそうです」

「なるど・・・」


加奈が亮に第一印象が良いのに納得したが、

亮の媚薬のせいとは思っていなかった。

加奈は亮が突然面白そうな話をするので

身を乗り出して亮に顔を近づけた。

「ええ、遺伝子は遠いほど優秀な子孫ができるらしいです」

「じゃあ、外国人と付き合えばいい訳?」


「たとえ日本人でも血統的に遠ければいい訳で、

5世代前まで無接触なら遺伝子的に遠い事になりますね」

「5世代って何年くらい」

「そうですね。1世代が30年ですから150年以上」

「きゃあ、面白い。それで他には?」


「ただ、結婚を前提としない男女の交際は血縁関係は

影響しないので共通の話題でも進展します。

例えば出身地や趣味とか」

「面白い!」

亮は何か面白い話があるか考えた。


「それじゃ・・・男女の付き合いは遺伝子レベルと

もう一つフェロモンがあります」

「うふふ、フェロモン」

加奈は亮が一生懸命考え込んだ姿を観て笑った。

「女性は生理から14日目に多くの

フェロモンを出すそうです」


「生理から14日目って何があるの?」

「あっ、それは排卵です。もっとも妊娠

しやすい日にフェロモンを発して

 男性を引寄せる訳です」

「そうか・・・なるほど」

加奈はそう言って自分の生理を日数えて指を折った。


「それ以外にも自分の気に入った男性が目の前に

現れたり、男性のフェロモンを嗅いだりすると

やはりフェロモンを放出するそうです」

「じゃあ、生理の無い男性は?」

「獲物を捕った時、戦いに勝った時。


今でいうとスポーツの試合で勝った時や

お金を持った時、つまり女性に力を誇示する事が

出来た時フェロモンが出て女を集め

子孫を残す訳です」


「つまり強い男がフェロモンを発するわけかあ、

だからスポーツ選手やお金持ちがもてるんだ・・・」

亮たちの話を聞いていた葵が答えた。


「じゃあ、貧乏で力が無い男はもてない訳」

「そうなります。今の僕のように。あはは」

亮は木村と話をしていた葵が自分の話に参加してきた事で

おしゃべりをし過ぎた自分を反省した。


「さて、カラオケでも行こうか?」

亮の話にみんなが注目した事に

嫉妬した大橋はカラオケに誘った。

「では僕はここで」

亮は財布からお金を取り出して大橋に渡した。


「えっ、えっ帰るんですか?」

加奈は亮を追いかけて来た。

「はい、家でやる事があるので」

「また、会えますか?」


「テニスをやるんでしたら目白テニスクラブに

日曜日にでも来てください、僕のコーチの日は

ネットで見てください」

加奈は自分が嫌われたと思いうつむいた

ままみんなのところへ戻った。

「ごめんなさい小畑さん」

亮は家に向かって帰って行った。


~~~~~

翌日亮は池尻病院へ行って待合室に座っていた。

「おはよう、今日も来たんだね」

直子が亮の前に立った。

「おはようございます。池田さん」

亮は立ち上がって頭を下げた。


「ねえ、どの先生と話をしているの?」

「内科の池上先生ですけど・・・」

「それは無理よ」

「そうなんですか?」

亮は池田が言っている意味が分からなかった。


「あなた、新人?」

「はい、DUN製薬の新入社員の松平亮です」

亮は慌てて名刺を両手で差し出した。

「ふふふ、病院の詳しい話を教えてあげるわ」

「本当ですか、いつですか?」

「今日が良いわ、早番だから

16時30分に終わるけど」

「はい、喜んで」

~~~~~

二人は渋谷にあるEホテルの最上階のレストランに入った。

「うれしい、一度ここ来て見たかったの、夜景が綺麗だから」

「そうですか、良かった」

「看護師って勤務時間8:00~16:30 

16:00~0:30 0:00~8:30の3交代制

普通のOLと違うのでいつも夜、

外食ができるとは限らないでしょう」


「そうですね」

亮は労働条件の悪くて過酷な勤務の

看護師を気の毒に思った。

「私、26歳よ。松平さんは?」

「僕は27歳です」

「新入社員なの大学は?」


「アメリカに留学していました」

「じゃあ英語ペラペラね」

「はい。ちょっと」

亮は困ったような顔をした。

直子はワインを一口飲むと急に親しげな態度を取った。


「看護師は結構病院を変わるのよ」

「そうなのですか?」

「私はここ4年目だけど、短い人で1ヶ月という子もいるわ」

「どうしてですか?」


「看護師って女性ばかりの世界でしょう。

先生たちや患者さんたちからのセクハラ、

古参の看護師からパワハラ、同僚からイジメ。

それに先生と関係持ったり、患者さんと関係持ったり

変な噂が立ったらいられなくなって」


「そんな事って良く有るのですか?」

「ええ、たくさん。不規則なシフトで

精神的にも不安定だし、結構性格悪い」

「本当に気の毒ですね」

亮は日本もアメリカのように昼、

夜専任の看護師がいれば肉体的、

精神的に安定すると思っていた。


直子はデザートのゆずシャーベットを

口に入れながら亮に質問した。

「彼女いるの?」

「ええと・・・アメリカに」

絵里子は彼女と言える関係でないので

亮は返事に困ってしまった。


「あなたならいても当然よね、

彼女はどんな仕事しているの?それとも学生?」

直子はちょっとがっかりして聞いた。

「いいえ、アメリカのOLです」

「本当?遠恋にしては遠いわね」

直子は気の毒そうな顔をした。


「そうですね、遠いです」

「私じゃだめ」

「それって?」

「そうよ、誘っているのよ。恥かかせないで」

「すみません、今日は・・・」

亮は直子の目をじっと見つめた。


「じゃあ、私が病院の先生を紹介するから

上手くいったら抱いて」

「えっ、ええ」

亮はこれ以上直子の誘いを断れなかった。


「じゃあ約束ね。先生の都合が付いたら連絡するわ」

「お願いします」

亮はテーブルに手を付いて頭を下げた。

「でも僕とエッチはしないほうが良いと思います」

亮は笑顔で答えた。


「どうして?」

「下手だからです」

亮は真剣な顔で答えた。

「うふふ、いいのよ。

下手と言ってもやることは一緒、大丈夫よ

下手な男といっぱいしているから」

直子は自分から下手という男性と初め会って

逆に亮に興味が湧いてきた。


~~~~~

数日後亮は、直子からの指示で駒沢近くの

東都大学医学部病院の加藤公一病院長と会った。

「昨日、池田君から聞いたよ。良い新薬ができたそうだね」

「はい」

亮は薬のデータを加藤に渡した。

「ほう、なかなかいいデータだね。

私の方でうちの医師に紹介しておくよ」

加藤は心がこもっていない形式的な返事だった。

「よろしくお願いします」

亮は深々と頭を下げた。


そこに尻のラインが出るタイトスカートを履いた

長い黒髪の秘書が入ってきて

加藤にメモを渡した。

「すまないね、来客だ」

加藤はそう言って亮の退室を促した。


「あっ、すみません」

亮はすばやく荷物を持ってもう

一度加藤に頭を下げ部屋を出た。

「團君」

廊下をすれ違う男に会釈して数歩歩くと声が聞こえた。

亮はその声に振り返った。


「あっ、下村先生」

「おお、久しぶりだね。ここに何の用があって?」

「今、DUN製薬で営業の仕事を

しているので、院長に営業に来ました」

「ん?君が営業の仕事を?」

「はい」


「なぜそんなにもったいない事を・・・

それならうちの大学の研究室へ来ないか

 手伝って欲しい事がたくさんあるんだ」

「はい、でも僕にはやりたい事があって・・・」

「そうか、じゃあその仕事とやらを見せてくれないか?」


亮はカバンからパンフレットと

資料と松平の名刺を下村に渡した。

「ほう、なかなか良いデータじゃないか」

「ありがとうございます」

「うちの病院で使うように言っておこう」

「ありがとうございます」

「名刺が松平だけど」

下村が名刺をしみじみと見ていた。

「その話は研究室で」

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