第30話 女の子は常に綺麗であるべきである
高級宿屋…………正直にいうと、舐めておりました。
高級ベッドで初めて眠ったんだけど、あまりにも心地よさにベッドに入った瞬間眠ってしまった。
更に起きた時の身体の軽さは異次元級だ。
「おはよう。お兄ちゃん」
「おはよう! 寝心地の良さがとんでもないね」
「うん! 私もすぐ寝ちゃったよ」
妹も身体が軽いようで、足取りが軽い。
ステータスには見えない疲労感というのがあるからね。
「エリー、先にご飯にするか」
「うん!」
部屋に置かれているベルの形をしている魔道具を鳴らす。
これは従業員を呼ぶためのベルになっている。
ただベルを鳴らしただけなのに、少しして扉をノックする音が聞こえる。
妹が扉を開けると、メイドさんの一人がやって来て、妹と言葉を交わす。
「お兄ちゃん~! 食堂とこことどっちで食べる~?」
「ん~朝は食堂にしようか」
「うん! じゃあ食堂でお願いします」
「かしこまりました」
メイドさんが去ってから数分もしないうちに、すぐに呼ばれて食堂に降りると、美味しそうな料理が並んでいた。
高級宿屋というだけあって、準備も手際が良い。
妹と美味しい朝食を取り終える頃、支配人がやって来た。
「ホロ様。エリー様。何かご不満などはございましたか?」
「いえ! とても満足です!」
「それはとても光栄でございます。さて、ホロ様に一つお聞きしても?」
「どうぞ?」
「お二人は旅の最中でしたね?」
「そうです」
「それではホロ様。良いジェントルマンとしての心得を一つ、お伝えしましょう」
支配人は前かがみになり、僕の耳元にある言葉を囁いた。
「っ!?」
柔らかい笑みを浮かべた支配人さんが、軽く片眼のウインクを送ってくれる。
こういう気の利いたもの、この支配人さんならではだろうし、その人柄が良い宿屋になっているんだと思う。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「えっと、これから少し買い物に行こうか?」
「いいけど? 変なお兄ちゃん」
食事も終わったので、僕は妹を連れて宿屋を後にした。
◇
宿屋を出て、人波でごった返しになっている大通りを進むが、これほどの人波は初めてなので、気が付けば妹と手を繋ぐ。
妹と手を繋ぐのはいつぶりだろうか。
前世でも僕にはたった一人の妹がいた。
しかし、中学生に上がってもゲーム三昧な僕は、妹と段々距離が離れていった。
そんな懐かしい感覚を感じつつ、温かい妹の手を引いて人波を抜けると小道が現れる。
支配人から教わった通りにその道を上がっていくと、こじんまりとしたお店が見える。
見た目は少し古めの建物だが、清楚感が行き通っていて外からでも分かるほどに店主の仕事ぶりが伺える。
「お兄ちゃん? ここなの?」
「うん。入ってみよう」
店の中に入ると、優しいシトラスの香りのような、柑橘類の香りが出迎えてくれる。
「いらっしゃい。悪いけど、うちは一見さんはお断りだよ」
聞いていた通り、少し古びた建物に似合うかのようなお婆ちゃんが奥から声を出す。
「初めまして、セルジュさんの紹介で来ました」
「なんだい、セルジュの爺かい。あんた。セルジュに呼ばれた割には貧乏くさいじゃない!」
「あははは…………ちゃんと支払う能力はありますから、ご心配なく!」
「そうかい、いいさね。あの爺の紹介ならね。こちらにいらっしゃい」
僕は妹の手を引いたまま婆ちゃんの所に進む。
建物の一階だけど、大きな窓から光が差し込んで、部屋中に飾られている衣服を照らす。
ここは支配人さんが紹介してくれた仕立て屋だ。
「なっ! あ、あんた! なんて人だい!」
「へ?」
「そちらの彼女の服ったら、ありゃしないわ! まったく! これだから最近の若いのは…………」
ぐはっ………………。
実は支配人さんに言われた事。
――――「ホロ様。エリー様の衣服を見てくださいませ、最上級の宿屋に泊れるほどに資金があるのに、可愛い妹君をボロボロの服装のままにしておくにはもったいないと思いますよ?」と言われたのだ。
そう言われ、はっとなって妹を見るとたしかにボロボロの服を着ている。
普段から綺麗にはしているものの、服は傷んでいくからね。
「アルセーヌさん。金額はいくらでもいいので、妹の服を数点作ってください」
「当たり前さ! でもそれだけじゃだめ!」
「え!? だめ!?」
「彼女だけ綺麗にしてもダメでしょう! あんたも綺麗にするの!」
「は、はい!」
「あんたもこちらにいらっしゃい!」
「はい!」
「金貨1枚は出せるのかい!」
「余裕です! 10枚でもどうぞ!」
それからアルセーヌ婆ちゃんに全身を採寸され、そのまま店から叩き出された。
女の子の身体の採寸をするから見るなって事だ。
仕方ないので、近くのカフェでコーヒーみたいなコヒン茶を飲みながらまったり待つ事にした。
◇
「こんなに可愛いのに、ボロボロになった服をそのままにするなんて、なんて酷い兄貴だい!」
「いえ、お兄ちゃんはとても良い兄ですよ?」
「全く! あんたも、もうちょっとわがままを言いなさい!」
「え~!? 私!?」
「そうさね! 女の子は男にわがままを言って良い権利があるんさね!」
「そ、そんなのあるんだ…………」
「当たり前さね! だから、あんたもちゃんと兄貴にわがまま言いんさいね!」
「は、はい」
がみがみ言いながら採寸するアルセーヌに、エリーは小さく笑みを浮かべる。
もし自分に祖母がいるならこういう感じだったのだろうかと想像しながら、心温まる時間を過ごした。
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