第29話 高級宿屋から叩き出されるフラグは回収出来ませんでした

 カートース街に着いて、真っ先に向かうのは広場から貴族街に向かった場所にある高級宿屋。


 中に入ると、貴族の館のような品位ある景色が広がっている。


 入った僕達を、燕尾服で髪を綺麗にオールバックにしている男性が迎え入れてくれた。


「初めまして、宿グラシユへようこそ。私は支配人のセルジュと申します」


「初めまして、僕はホロ、こちらは妹のエリーです。こちらの宿に泊まりたいのですが」


 そう話すと、周囲のお客さん達の視線が集まる。


 こちらにも聞こえる声で「あんな平民がこのような宿に」とか「みすぼらしい格好ですわ」なんて言われている。


「かしこまりました。ですがその前に一つだけ宜しいでしょうか?」


「どうぞ?」


「我が宿には長年守ってきたルールがございまして、初めてのお客様には宿代金を先払いして頂いておりますが、それでも宜しいですか?」


「ええ。構いませんよ」


「かしこまりました。ご理解ありがとうございます。こちらにどうぞ」


 追い出されるとばかり思っていたら、意外にも丁寧な対応に関心してしまう。


 案内されたテーブルで各部屋の料金を見せてくれる。


 最上階のスイートルームは、十日契約のみ、料金は金貨1枚で少数契約が出来ないみたい。


 一回で【アイテムボックス・大】と同額なんて…………とんでもない額だ。


 ただ、朝昼晩の基本的な食事が付いていて、その他にも色んなものが付いていたり、ともかく十日間のんびり出来るプランになっている。


「支配人さん。このプランでお願いします」


「お兄ちゃん!?」


「せっかくだし、のんびりしよう」


「…………」


 妹が何か口をパクパクさせて、後ろを向いてしまった。


「ホロ様。本当にこちらの部屋で宜しいですか?」


「はい。お金なら問題ありませんので!」


「これは失礼しました。私の聞き方が足りませんでした。こちらの部屋は恋人の聖地となっておりまして…………」


 っ!?


 料金表というか、部屋の詳細の部分に大きく【恋人とゆっくり過ごす十日は如何でしょうか! こちらのルームは恋人とゆっくり過ごすための設備が整っております。最高の思い出におすすめです】と書かれている。


 まさか……妹はこれを見て!?


 くっ……全く気付かなかった。


 しかし、せっかくなら妹に最高の思い出をと思っていたので、男としてここは譲れないというか……。


 くっ…………。


「は、はい! それで構いません!」


「これは無粋な事をお聞きして申し訳ございませんでした。ではこちらの契約書にサインをお願いします」


 僕は少し震える手で契約書にサインをして、金貨1枚を支払った。




 案内された最上階のスイートルームは一部屋しかいないため、基本的に他のお客さんと顔を合わせる心配がない構造になっていた。


 そんな僕はというも、顔が真っ赤になっている妹の前で土下座をしている。


「エリー様ぁああああ、申し訳ございませんでしたぁあああ」


「…………」


「男として発言撤回は出来なくて……」


「はぁ……お兄ちゃんって時々大胆過ぎだよ……」


「まあ、ほら、恋人ではないけどさ。せっかく泊まれる時に泊まっておこう。お金の心配はないし」


「いくらお金の心配がなくたって…………はぁ、変な誤解されてないといいけど」


「なるようになるでしょう! それより見てよ! エリー! ここの……風呂…………あ……」


 指差した風呂は、まさかの硝子壁になっていて、内側と外側からお互いに見えるようになっていた。


「お兄ちゃんのバカ!」


 妹のハリセンが僕の頭を叩き、空しい音が部屋中に響いた。




 妹がシャワーを浴びている間に、僕はリビングに出て冷蔵庫に入っている飲み物を飲んでみる。


 これって確か冷却魔道具というんだっけ?


 シリウスさん曰く、魔道具技師も二種類あり、一つはシリウスさんのように単純に一人で作れる魔道具を作る技師。


 もう一つは、鍛冶屋と組んで大型魔道具を作る技師さんがいるそうだ。


 この冷却魔道具も箱を鍛冶屋が作り、そこに魔道具技師さんが魔道具を仕上げる。


 シリウスさんに作って貰った妹の調理器具もそれに該当する。


 アイテムボックスって中に入れた物の時間を停めるよね?


 ちょっと試してみよう……。


 目の前の冷却魔道具に常温のワイバーン肉を入れて、そのまま冷却魔道具をアイテムボックスに入れる。


 暫く待っている間、向こうから妹の鼻歌が聴こえてくる。


 なんやかんや楽しんでくれて嬉しい。


 さらっとしか見てないけど、風呂場には色んなシャンプー類が並んでいたからそれが楽しいのかも知れない。


 少しして、扉が開く音がしてご機嫌な妹が出て来た。


「お兄ちゃん! 風呂場に凄い石鹸が沢山あって、どれもいい匂いしてたよ!」


「ほぉ! 僕も楽しみだな~欲しいものあったら買えないか支配人さんに相談してみよう」


「うん! お兄ちゃんは何をしているの?」


「冷却魔道具を試しているよ」


「冷却魔道具?」


 そろそろ時間なので、アイテムボックスの中から冷却魔道具を取り出す。


「お兄ちゃん……それ一歩間違うと泥棒だよ?」


「試すだけだから!」


 中に入れていたワイバーン肉を取り出す。


「おお! 冷たい!」


「そりゃ……冷却魔道具ですから……」


「いや、常温で冷却魔道具に入れてからアイテムボックスに入れたんだよ。それでワイバーン肉の遅延が停止効果になるはずなのに、冷たくなってる! これってアイテムボックスの中に入れた冷却魔道具の中身は停止しない事を示すんだよ」


「えっと……?」


「あくまで保存するだけならアイテムボックスの中に入れるべきで、冷やしたいモノは冷却魔道具に入れて冷えたらアイテムボックスの中に取り出しておかないといけない事になるの」


「あ~! なるほど!」


「今日はゆっくりして、明日は冷却魔道具を買いにいこう!」


「お~!」


 食事を取る前に僕も風呂に入った。


 妹が言った通りに中には色んなシャンプーやボディーソープが並んでいる。


 どれも良い香りがして、どれを使おうか悩んだ挙句、ラベンダー香りに似たモノを選んだ。


 外に出ると、妹から「私と同じの選ばないでよ……」と言われる。


 くっ……仕方ないだろう。兄弟なんだから、好みも似てるんだよ!

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