第4話 僕は君の兄で、それはこれからも変わらない

 僕とエリーは急いで家に帰って来た。


「お兄ちゃん…………」


「ん?」


「…………お兄ちゃんは、誰?」


「…………誰って、エリーの」


「嘘だよ。ホロお兄ちゃんはあんな事言わない」


「…………」


「ねえ、君は誰?」


 エリーの美しい瞳が僕を不安そうに見つめる。


 身体はホロくんのモノだが、既に彼はいない。


 彼の記憶は確かに僕の中にある。


 ただ、口調や考え方、癖、そういうのは向こうの木口という人間のモノだ。


 自分でも思うんだけど、とても不思議な感覚ではある。


「はあ、何バカな事言っているだ、バカエリー」


「えっ!?」


「サリオン。ケイラ」


「っ!?」


「僕達の両親の名前。あとは? 何が聞きたい事はある?」


「…………お兄ちゃんが初めておねしょをした日」


「………………よ、よ……」


「(じーっ)」


「…………三歳だよ! そうだよ!」


「ぷっ、あはは、あははははは」


 エリーが大声で笑い始める。


 僕もそれに釣られて大きく笑う。


 僕達は暫く涙が出るくらい笑った。




「ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「どうして……変わっちゃったの?」


 まだエリーに僕自身を語るつもりはない。


 というか、確かに木口は、ホロくんではない。


 でもちゃんとホロくんの記憶がある。


 だから――――同時にホロくんでもあるのだ。


 神様と思われる方から、ホロくんの魂は違う世界で生まれ変わると言っていたから、魂のレベルで話すのなら、確かに僕はホロくんではないけどね。


 でも、俺はエリーの兄でありたいし、彼女は僕の妹だし、まだ出会って一週間くらいしか経ってないけど、この身体に刻まれた彼女の記憶は、十五年も一緒に暮らした家族そのものだ。


 だから、僕はこれまでもこれからも、ホロだ。


「あのままでは、エリーをまた泣かせてしまうと思ったから」


「なにそれ…………お兄ちゃんの癖に、カッコいいなんて…………」


「おう、これからこのカッコいい兄を尊敬しろ」


「ぷっ、自分から言っちゃったよ」


「おう! 何度でも言ってやるよ。これからエリーを絶対泣かせない。だから僕に頼っていい」


「…………うん。ありがとう。お兄ちゃん。それとさっきはごめん」


「ん?」


「お兄ちゃんじゃないって言ったの」


「ああ。大丈夫。僕でもあの日・・・から随分と考え方が変わったと思うから」


「……そうだね」


 あの日。


 僕がハンセルにボコボコにされた日。


 そもそも死ぬ程の怪我だった。


 それでも生きていられるのは――――偶然とかそういうものではない。


 まあ、それはまた今度語るとするか。



「それはそうと、お兄ちゃん。彼らはどうなったの?」


「ボコボコにして――――――消したよ」


「そっか…………」


 エリーが天井を見つめる。


「私も人を殺したんだね」


「そうだな。でもさ」


「ん?」


「僕は理由のない殺しは嫌かな。彼らはエリーを泣かせたし、それこそ僕もボコボコにされてたし、あのまま野放しておくと沢山の被害者が出たと思うから、義賊だなんて言わないけど、自分で助けられる命があるなら、この手を血に染めてもいい」


「そっか。お兄ちゃんはそこまで覚悟を決めたんだね?」


「もちろん」


「…………うん。私もこれから頑張る!」


 ガバッと立ち上がったエリーは、厨房に向かい料理を始める。


 その後ろ姿を見つめて、僕は覚悟を決めた。


 この子を守って、生きたいと。




 ◇




 その頃。


 冒険者ギルド。


「ハンセル達が帰ってこないな?」


「はい。彼らなら簡単な依頼だったはずなんですが……」


「一体どこで道草を食っているんだ! 新人達にまともに戦える【加護】を持っているやつがいなかったから、今年は大変だというのによ!」


「マスター、彼らもまだ成人したばかり、少し遊んでくると思います」


「はあ……仕方ないな、Cランクのやつらはどうした?」


「はい。ギレイラ山の依頼に向かっています」


「ああ~あそこか。帰るのは二週間って所か」


「そうなりますね」


「はあ、それまで何とか依頼をクリア出来る冒険者を確保しなければな」




 ギルドマスターのヅラのおっさんは、二度と帰って来る事のないハンセル擁する新人組を待つ事となる。


 さらにギレイラ山に向かったCランク冒険者パーティーの帰りを楽しみに待っていた。


 しかし、そんなヅラのギルドマスターに平穏など、訪れるはずもなく。


 これから恐怖が来るであろうことなど、想像だにしなかった。




 ギレイラ山。


「り、リーダー。何か変だよ……」


「そ、そうだな……どうしてここまでモンスターがいないんだ……」


 四人のCランク冒険者パーティーは、不気味な雰囲気に山を降りようとした。


 その時。


 彼らを睨む殺気を感じる。


「っ!?」


「う、嘘でしょう!?」


「や、やばい! に、逃げろ!」


 メンバーは必死にその殺気から逃げ始める。


 しかし、一人、また一人、その殺気に飲まれた。


 奇しくも、メンバー3人を食べた・・・それは、それ以上追わず、ゆっくりと山を降りた。

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