沈みゆく学生の日々

ゼフィガルド

お題は『夏目漱石か森見登美彦、あるいは双方の波動を感じる掌』

 生まれてこの方、ラノベとWEB小説位しか読んだことはないが、作家が不当な扱いを受けている事については抗議をする所存である。

 私がヒシヒシとこの事態を感じたのは、アニメ化したラノベの原作の紹介をした所で誰も借りに来ないことにもあったが、それよりも大きかったのは、私が副部長を務める文芸部の部長『廣瀬』氏にあった。


「ねぇ、廣瀬。やっぱり漫研に来てよ」

「でも。私、文芸部の部長だから」


 放課後。図書室の返却カウンターでは図書委員も兼任している彼女と、友人と思しき女性が勧誘行為を行っていた。

 部長は素晴らしき文才と人格の持ち主でありながら、絵心にも恵まれており、そんな人物が皆に慕われるのは副部長ながら鼻が高くもあった。だが、漫研だけには彼女を引き渡してはならない。


「文芸部? 小説ってアレでしょ? 頭撫でただけで惚れるバカ女を何人も囲って、陰キャの分身がドヤ顔する美少女動物園の話でしょ? そんなんよりも。皆で楽しく絵を描こうよ!」

「そんな事ないよ。面白いのも沢山あるよ」


 何たる偏見。そうでない作品も沢山あるが、そう言った物が目立つことに関しては反論のしようがない。

 このやり場のない怒りを晴らしてくれるチート能力を要請した所で、転生手続き前なので当然の如く却下された。


「そりゃお前。部長を漫研に持って行かれたくなければ、文章で引き止めるしかないでしょう。俺達は文芸部だよ」


 隣の席でブラックジャックを読んでいるのは、我が友人にして漫画大好きな文芸部員の原田である。体育会系の様なガタイをしているが、その殆どが脂肪であることは誰もが知っている。


「文章で引き止めるしかないって。どうするんだよ?」

「懇切丁寧にお前の想いを伝えるんだよ。副部長になったのもそう言う事だろ?」


 原田の指摘は最もである。私も廣瀬氏に惹かれた者の一人であり、部長として人間として好意を抱いている事は間違いない。それを不俱戴天の仇である漫研に寝取られよう物なら、そのまま脳が粉々に破壊されてしまうだろう。


「いや、だが。いきなり伝えるのも変じゃないか?」

「甘いな。先輩が何処かに行ってしまうんじゃないかと言う不安に駆られ、想いの丈を告白する。そんなお前の事を放っておけなくて……って寸法だよ」


 多分に童貞の妄想が混じった気持ち悪い未来図であることを理解しながらも、その提案が成就した暁の未来を想像して、不覚にも心が躍った。

 帰宅した後。早速、私はPCを立ち上げて文章を作成することにした。まずは部長との出会いから、何処を好きになったかを羅列して行くべきだろうか? 試しにやってみたら、ストーカーの日記めいていてサイコホラーの如き有様になっていた。


「いやいや。これはまずいだろう」


 では、部長との日々の中で何を感じたか。あるいは、この文芸部員としての能力を活かして、私が抱いている身の丈を綴ろうとした所で違和感が生じた。

 飾り立てれば、飾り立てる程。自らの想いの正しさを強要している様に思われ、自分に酔いしれる事が目的となっている怪文書が積み重なるばかりであった。


「待て。文章とは誤解なきように伝えるのが第一だ」


 ここで、私は基本に立ち返ることにした。無理に技巧を凝らさなくとも、大切なのは想いを伝える事。誤解のしようのない傑作ともいえる文章を書き上げ、私は翌日の放課後、図書室に訪れていた。

 所定の位置に返却された本を直していく廣瀬氏の勤労ぶりに目を奪われながら、その近くにある読書用スペースで横山光輝三国志を読んでいる原田を発見した。


「できたぞ」

「どれどれ。……って。お前」


 手紙に書いたのは『好きです』の4文字のみ。好意を伝える上では、誤解される事は殆ど無いと確信した上での文章だったが、原田は苦笑いを浮かべた。


「どうだ?」

「シンプル過ぎるだろ。これじゃ、言葉足らずで誤解されるぞ。俺がもっと良い文章を書けるようにお薦めの本を教えてやる」


 彼の言い分は最もだ。考えていることが簡単に伝わるのであれば、我々が文章を捻出するのにこれ程までの労苦を掛ける必要もない。この男も漫画以外を読むのかと感心していると。先程、彼に渡した手紙が読書用スペースの机の上に置き去りにされていた。

 近くで本の整理作業をしていた部長が、それを手に取ったのは持ち主に届けようとした優しさに他ならない。だが、奇異な事に彼女は手紙を見て口元を手で覆い隠して、私達を交互に見比べていた。

これは良くない。


「あ。先輩、その」

「大丈夫! 心配しないで!」


 原田の懸念は的中してしまった。しかし、奴は誤解を訂正する助け舟も出さずに微笑むばかりだった。苦情を申し立てようと考えた所で、カウンターに向かう彼女がチラリとこちらを見た。その手には、私が紹介文を書いたラノベが握られていた。

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