校長先生
軽く走って帰って来ようと思っていた足は思い描いていた道順から外れて学校へと、部室へと向かっていた。
土日は喧嘩部の活動はないが部室は開いているのは知っていた。
生徒の代わりに使っている人たちがいるからだ。
「嵯峨野。こんにちは。校長先生なら中にいるぞ」
「はい」
コンテナハウスの部室から外に出て来た担任に挨拶をするとそう返された剣牙は別段用はないと思いながら、脱いだ靴を靴箱に置いてから部室に入った。
すれば、校長先生だけしかいないそこには十本の丸太がブロックの上に横たわって、煩雑に置かれていた。
教師や事務員、管理栄養士、調理士、販売員、清掃員の人ら学校関係者が各々持参した丸太(大抵の人は学校に置いたままにしている)で叩く為の物である。
ストレス発散に持ってこいの代物らしい。
「おお、嵯峨野剣牙。どうした?」
「いや。用はないんだけどよ」
「ふむ」
校長先生は顎をさすりながら剣牙を注視したのち、口の端を上げた。
「鴨田天祐か」
「わかんねえ」
眉根を寄せる剣牙に丸太の上に腰をかけるように言って、自身も剣牙の隣に腰を下ろした校長先生は真正面を向いたまま尋ねた。
喧嘩を何の為にするのかと。
部活を作りたいと直談判した時に言っただろうがと思いながら、剣牙は言った。
喧嘩をしたいからだと。
「ストレス発散の為ってやつが多いけどよ。俺はただ単純に喧嘩がしたいんだよ」
剣牙は少し余る岩を掴むように広げた手を見たまま答えた。
「そこに勝ち負けはあるのか?」
「ねえよ。両成敗ってやつじゃねえの。知らねえけど」
「では高校を卒業してからも続けるつもりか?」
「いや。高校だけだ」
校長先生は目を細めた。
「何故鴨田天祐に手加減をした?」
「そりゃあ。弱っちそうだったし」
「入部条件を通過した以上、喧嘩相手と見なさなければならない。己と同格。手加減は不要。じゃろ?」
「………そうだけどよお」
「一期一会。あの刻の喧嘩はあの刻でしかできん」
「そうだけどよお」
「鴨田天祐に大嫌いと書かれた竹の板を手渡されているそうだな」
「ああ」
「よほど悔しかったのだろうな。おぬしの喧嘩をよく見ていたからの」
「………」
「喧嘩だ。わしは止める役割であって、教える役割はない。技術面では特にな。強くしたいわけではないからの。正々堂々と喧嘩をする場をこしらえたかっただけだ」
「おう」
「わしはまだここにおる」
「おう」
「青春じゃのお」
ほっほっほっと笑いながら、駆け走る剣牙の後姿を目を眇めて見守る校長先生であった。
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