満月の夜から一か月ほど過ぎた。

 あの時の感覚が嘘のように普通の生活が続いていて、部活の合間に未来みきと喋ってて。

「雰囲気変わった、華月」

「そう……かな」

「つまんないってのが口癖みたいだったのに、言わなくなった。なーんか浮かれてる感じ。さては好きな人でもできたのかい?」

 未来は中学からの親友で、大事な相談相手でもある。ただ知りすぎてるってのも、問題かもね。

「……まあね」

「うっっそ! カマかけたつもりだったのに。ねえねえ、どこの誰よ御相手は」

「声デカいって。あのさ——女の人、なんだよね」

「ええ……う、うん。アタシは応援するよ。がんばれ」

 がんばれといわれてもさあ。

 あれから四回ほど部屋に行ったけど(つまり週に一回は会ってたわけだ)、リルカはあれから手を出してこないし、プチプラじゃないコスメの話とか、ただ年上の友達と遊んでる感じだった。


 そういえば、ウォーキングクローゼットになってる部屋には入るな、と釘を刺されたんだった。鍵が二つもついてて、厳重な感じ。

「なにー、リルカ閉じこもってはたでもるわけ? 鶴の恩返しか」

「田舎からでっかい肉の塊を送ってもらってんだよね」

「あ、ジビエ料理の」

「他に置くとこないから冷凍庫をそこに置いてんだよ。解体して骨とか散らかってる時あるから、たいていの子は引くんだ。はたから見ても気持ちのいいもんでもないだろうからさ」

「それだけ?」

「……は?」

「なんかっ卒アルとかっ、秘められた過去? なんて隠してあるんじゃ」

「プライバシーは守ろうな。勝手に入ったら殺すかんね」

「あは、こわーい」


 まあリルカの元カノ——亜美っていったっけ、リルカを刺したヤツ。あの人はあれから全く姿を見せない。

 元カノの話なんか聞きたくないけど、気になるのは気になるんだよねー。

 ひょっとしたら彼女の写真とかしまってあるんだろうか。


 あの人よりも、私を大事にしてくれますか。

 私にはもうリルカより大事な人なんて、いないんだから。



 両親に愛されていないわけではない——と思う——けれど、干渉しすぎる。

 髪の毛を染めるのだって一悶着ひともんちゃくがあって、部屋の内装ひとつ好きに決められない。

 幸か不幸かひとりっ子だし、頭ではわかっているんだ。けれど。

 柔らかい鳥籠とりかごのなかにいるようで。

 鬱陶うっとうしいんだ。

 ただ家を飛び出すには自活力がないのもこの年になると理解しているから、ずるずると——変わり映えのしない日常を過ごしているんだ。

 それも言い訳か。

 私は臆病おくびょうで、怠惰たいだで、小狡こずるい。

 自分から行動を起こす勇気がなくて、用意された現状に甘んじているだけだ。


 リルカは常識を一部(全部と言わないところが私の優しさだ)、路上に投げ捨ててきたようなところがある。

 シャワーの最中に突然大声で歌ったりシャウトするし。さすがパンク。

 あんまり個人的なことは話さない。

 気分屋だし、好き嫌いは激しいし、極度の偏食で、おまけにバイセクシャル(惚れっぽいけど浮気はしない。恋をするのはひとりきりってのがポリシー——本人:談)。

 でたらめにカットされた宝石のようなリルカ。

 まんべんなくきらめく、万人が認めるような美しさではないけれど。

 いびつでアンバランスな、それ故に蠱惑こわく的な輝きを放つ。


 年上だとか、女同士とか、そういう細かいことを全部うっちゃって。


 リルカが好き。



「ねえ。私たちって、つきあってるの?」

 リルカの部屋で、つい言ってしまった。

 ワインを飲みすぎてしまったせいかもしれない。

 自分がどれくらいの量で酔うのか、まだよくわからない。

 けどほんっと美味しい、このワイン。

 バナナを生ハムで巻いて黒胡椒をパラっと散らしたおつまみが、めっちゃ合うし。

 本来リルカのお酒の趣味はビールかスコッチorバーボン。オッサンか。

 今日はたまたま知り合いに貰ったとかで非常に高価な赤ワインのボトルを開けて飲んでるけど。

 私もちょっとだけご相伴しょうばんにあずかったのだ。

「一杯で酔ったんか。めんどくせーな」

「リルカはどう思ってんの。私のこと、好き?」

「華月は可愛いよ」

「そこ! それよ!」

「はあ?」

 リルカはベッドの端に座ってボロボロのジーンズ——ダメージっても程があるだろうに——の足を組み替える。

 ワイングラスを飲み干して、ポリポリと頭をかいた。

 カッコいいな、ちくしょう。

「リルカ、私のこと好きって言ってくれない」

「なんだそれ」

「わかるだろ、じゃダメなの! ごまかしと変わらない。どうせ私子供だもん」

「拗ねんなよ。嫌いだったらそもそも家に上げないし」

「ちゃんと、声に出して言って」


 降参したように、リルカは。

「華月が、好き」


「えへへ——」

 テーブルに突っ伏す。ひんやりとした木の感触が気持ちいい。

「こら、寝るな。華月の家は厳しいんだろ。途中まで送るから。シャキッとしな酔っ払い」

 もういいや。ダイニングキッチンからひょこひょこ歩いて、リルカに抱きつく。そのままふたりで倒れこんで。

 幸せ。

 ふと横を見ると。

 リルカは何かしかめっ面で、天井の一点を凝視していた。

「ん?」

「何でもない。今度の土曜泊ってけ。それからつきあってる、ってことにしよう」

「はあ?!」

「ちゃんとアリバイつくるんだよ。華月の親に殺されたくないからね」

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