3
「病院行かなきゃ。血が出てます」
「医者はだめ。通報されかねないからね。警察は嫌い」
「でも痛くないんですか? あの女性とはどういう関係?」
「フラれたんだよ、うるさいな」
リルカさんは目をこすり、ぶっきらぼうに言った。
「……失恋のすぐあとに別の女性を部屋に連れ込むなんて、節操ないですね」
「あんたはノンケだろ。いいから来て。怪我してる時に襲いやしないよ」
連れていかれた先は高級そうなマンションの一室だった。
これは、まあ……見事に生活感の欠如した、部屋。
脱ぎ捨てられた服と大きなギターがあって。モデルルームみたいな部屋にかろうじて住人の気配を主張していた。
リルカさんは片手で奥の棚を開ける。包帯とハサミと軟膏のチューブをテーブルの上に放り投げて。
それからおもむろに脱ぎだし、上半身裸になった。
「……!」
「シャワーで傷洗うんだよ。ちょっと待ってて」
そう言い残してバスルームに消える。
学校ではみんな隠すようにさっと着替えるから、まじまじと他人の胸なんか見ないけど。
リルカさんのは、小ぶりだけれど綺麗な乳房だった。
あー。何考えてんだ私。
リルカさんは半袖のTシャツだけ着て出てきた。
「大丈夫、全然浅くてよかった。ほんとは縫った方がいいんだけど、まあいいか。ちょっとここ押さえてて。包帯まくから」
「なんかすごく手際がいいですね」
「元医者だからね」
「そうなんですか……ええっ!」
今日いちばんの衝撃が。全然結びつかないんですけど。
私の驚く顔を見て、リルカさんは
ああ、この人、こういう
「まあ、そんなふうには見えないか。人は見かけじゃないよ。あたしも、あんたも」
「リルカさんは、
「基本バイだけど、女の子の方が好きかな。柔らかくってモチモチふわふわしてて、抱き心地サイコーじゃんね、そんでちょっと甘いしさ」
「あ、甘いって」
くっくっと笑う。
「
リルカさんに名前を呼ばれて、なぜか顔が熱くなってくる。
そうさせてる張本人はノーブラのTシャツが透け気味で。なかなか目のやり場に困るんですけど。
「キスはどう? 経験ある?」
「……ありますよ。それくらい」
見栄をはってしまった。
「もう言ったっけ。華月の顔、好みなんだよね」
「あー、飲み物あります? 喉乾いちゃった」
リルカさんが冷蔵庫を指さしたので、私はキッチンに行く。
キッチンにはやたら本格的な道具がそろっているみたい。中には何に使うのかさっぱりわからないものもある。
生活感の乏しいトーンの部屋の中で、ここだけはかなり主張が激しい。
——料理好きのパンク? つくづくわかんない人だな。
冷蔵庫を開ける。うわあ、ほとんどお酒の缶。少しの野菜と、牛かな、よくわからない赤い肉。
大きな天然水のボトルの横に、コーラの小瓶を見つけた。
「リルカさん、これ何の肉です?」
「鹿だよ。ジビエさ」
声はすぐ近くから聞こえた。
いつのまにか背後にリルカさんが立っていて。
後ろから抱かれて——そのまま唇を奪われた。
全身の力が抜ける。
コーラを床に落としてしまった。
「……襲わないって言ったくせに」
「あたしは嘘つきなんだよ。もっと舌出して。本当にかわいいんだから、華月」
今度は向き合って、再びのキス。
ねえねえ
リルカさんはラインは嫌いだそうで、携帯の番号だけ交換した。
なんか写真もイヤだっていうし、こういう好き嫌いの激しさも彼女らしい——んだろうな。
「いつでも
「……やっぱり節操ないです、リルカさん」
帰りの夜道をとぼとぼ歩く。
ひとつ聞くのを忘れた。というか、聞けなかった。
<あの人をまだ、好きなんですか?>
キスの余韻と抱きしめられた感触が——生々しくからだに残っている。
その夜は門限を破ってしまったせいで、両親にひどく怒られた。
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