「病院行かなきゃ。血が出てます」

「医者はだめ。通報されかねないからね。警察は嫌い」

「でも痛くないんですか? あの女性とはどういう関係?」

「フラれたんだよ、うるさいな」

 リルカさんは目をこすり、ぶっきらぼうに言った。

「……失恋のすぐあとに別の女性を部屋に連れ込むなんて、節操ないですね」

「あんたはノンケだろ。いいから来て。怪我してる時に襲いやしないよ」


 連れていかれた先は高級そうなマンションの一室だった。

 これは、まあ……見事に生活感の欠如した、部屋。

 脱ぎ捨てられた服と大きなギターがあって。モデルルームみたいな部屋にかろうじて住人の気配を主張していた。


 リルカさんは片手で奥の棚を開ける。包帯とハサミと軟膏のチューブをテーブルの上に放り投げて。

 それからおもむろに脱ぎだし、上半身裸になった。

「……!」

「シャワーで傷洗うんだよ。ちょっと待ってて」

 そう言い残してバスルームに消える。

 学校ではみんな隠すようにさっと着替えるから、まじまじと他人の胸なんか見ないけど。

 リルカさんのは、小ぶりだけれど綺麗な乳房だった。

 あー。何考えてんだ私。


 リルカさんは半袖のTシャツだけ着て出てきた。

「大丈夫、全然浅くてよかった。ほんとは縫った方がいいんだけど、まあいいか。ちょっとここ押さえてて。包帯まくから」

「なんかすごく手際がいいですね」

医者だからね」

「そうなんですか……ええっ!」

 今日いちばんの衝撃が。全然結びつかないんですけど。

 私の驚く顔を見て、リルカさんは微笑わらった。

 ああ、この人、こういう表情かおもできるんだ。

「まあ、そんなふうには見えないか。人は見かけじゃないよ。あたしも、あんたも」

「リルカさんは、同性愛者レズビアンなんですか」

「基本バイだけど、女の子の方が好きかな。柔らかくってモチモチふわふわしてて、抱き心地サイコーじゃんね、そんでちょっと甘いしさ」

「あ、甘いって」

 くっくっと笑う。

処女うぶだね、華月。高校生で。なかなかオクテだ」

 リルカさんに名前を呼ばれて、なぜか顔が熱くなってくる。

 そうさせてる張本人はノーブラのTシャツが透け気味で。なかなか目のやり場に困るんですけど。

「キスはどう? 経験ある?」

「……ありますよ。それくらい」

 見栄をはってしまった。

「もう言ったっけ。華月の顔、好みなんだよね」

「あー、飲み物あります? 喉乾いちゃった」

 リルカさんが冷蔵庫を指さしたので、私はキッチンに行く。

 キッチンにはやたら本格的な道具がそろっているみたい。中には何に使うのかさっぱりわからないものもある。

 生活感の乏しいトーンの部屋の中で、ここだけはかなり主張が激しい。

 ——料理好きのパンク? つくづくわかんない人だな。

 冷蔵庫を開ける。うわあ、ほとんどお酒の缶。少しの野菜と、牛かな、よくわからない赤い肉。

 大きな天然水のボトルの横に、コーラの小瓶を見つけた。

「リルカさん、これ何の肉です?」

「鹿だよ。ジビエさ」

 声はすぐ近くから聞こえた。

 いつのまにか背後にリルカさんが立っていて。


 後ろから抱かれて——そのまま唇を奪われた。


 全身の力が抜ける。

 コーラを床に落としてしまった。

「……襲わないって言ったくせに」

「あたしは嘘つきなんだよ。もっと舌出して。本当にかわいいんだから、華月」

 今度は向き合って、再びのキス。


 ねえねえ未来みき。まさかファーストキスに舌を入れられるとは思わなかったよ。


 リルカさんはラインは嫌いだそうで、携帯の番号だけ交換した。

 なんか写真もイヤだっていうし、こういう好き嫌いの激しさも彼女らしい——んだろうな。


「いつでも部屋ここに来ていいよ。華月も知っての通り、フラれちゃったからひとりだし」

「……やっぱり節操ないです、リルカさん」



 帰りの夜道をとぼとぼ歩く。


 ひとつ聞くのを忘れた。というか、聞けなかった。

 <あの人をまだ、好きなんですか?>


 キスの余韻と抱きしめられた感触が——生々しくからだに残っている。



 その夜は門限を破ってしまったせいで、両親にひどく怒られた。

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