2
「じゃあ
「んー」
途中で
予定より部活が長引いてしまい、既に暗くなった帰路を急ぐ。
私は
イマドキ門限なんて、とは思うよ。幸い大きな満月が夜道を明るく照らしてくれている。たしか六月の満月って<
まあ、親の心配もわからなくはないんだけど。
私には左の耳たぶがない。
小学生くらいの時に一度、誘拐されたことがあって。
犯人からは何の連絡もなかったし、私は無事に——というとちょっと
公園で眠らされていたところを発見されたんだ。
片方の耳たぶを食いちぎられて、ね。
止血はしてあったし、麻酔も打たれていたそうだから——誘拐犯人は医療に関係した人物だろうということになったけれど、現在まで捕まっていない。
私はその時の出来事をまったく思い出せずにいる。
カウンセラーには恐怖で記憶が抜け落ちたんだろう、一種の防衛本能だよって言われた。本能がそうしたんだから無理に思い出すことはないって。
ただ、ひとつだけ覚えてる。
あの時も、こんな満月だった。
まあそんなわけで、両親が心配するのもわからなくはない——というか、そうなんだろうな、とは思う。
ただそのせいで
私はもう高校生なのに。
なんてことを考えてると、ちょっとした違和感に気づく。
おかしいな。
暗くなったといってもそこまで遅い時間じゃない。なのに、周りに歩いている人が誰もいない。
まるで世界中で私ひとりだけ、満月の下で歩いているよう。
いや、ひとりではなかった。
話し声がする。
二人……かな。
前方に、何かモメているらしいご様子。
「嫌っ!!」
「ちょっと、
泣きながら女性がこちらに走ってきて、そのまま逃げて行った。私の横を通った時に顔をちらりと見たけれど、なかなかの美人さんだったように思う。
なに、
あれ──ひょっとして、刺されてる?
もう一人の方は月光の当たる側の壁へよろよろと出てきて、もたれかかった。
てっきり男性だと思ってたけれど。
女性だ。
ショート丈のデニムから細い脚がすらりと伸びている。パンクみたいな格好してるくせに、モデル並みに小さく整った顔。ベリーショートの赤毛はアシンメトリーで、右目を隠している。耳にはいくつものピアス。
左の二の腕には小さい包丁——果物の皮をむくような、ペティナイフ?——が刺さっていた。
量は多くはないものの、血も出ている。
満月を
眼を離せないほどアンバランスで。
とても綺麗だった。
あ。怪我。
少しの間フリーズしていた私、とりあえず近寄って——。
「あの、救急車呼びましょうか?」
彼女は赤の他人の申し出に驚いたようだった。
困ったように微笑む。その
「不用心だね、きみ。他人の厄介ごとは避けておくものだろう」
「でも、血が……」
「そんなんじゃ、とって喰われてしまうよ」
全身に鳥肌が立った。
私、この人を知ってる気がする?
息苦しいほどに心拍数が上がる。
気のせいだろうか。
雲もない夜空から、遠い雷の低い唸りが聞こえた。
「ちょっとあたしの部屋まで来て、手を貸してくんないかな。あたしはリルカ」
差し出されたむき出しの手。
この手を取ったらどうなるだろう。
世界のすべてが変わる——そんな妄想めいた予感がする。
でも、私は変わることを望んでいたはず。退屈だ、つまらないと思っていたはずだ。
リルカの手に触れた。ひんやりした、冷たい手。
「私は
「うん。すぐそこだよ」
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