その16.かたつむり

 ハロー!みんなのきっちゃんだよ!本日は、優ちゃんの通う小学校からお送りします!


 いや、決して誘拐しに来たわけじゃないです。正直言えば誘拐したいけども。

 そんなことしたら真也が鬼の形相で地獄の果てまで追ってくるからね。なにそれこわい……。

 そんな自殺行為はしません。俺、かしこいから。


 では、なぜ自宅から歩いて20分の場所にある小学校まで来たかと言うと、優ちゃんのお迎えのためである。

 今日は朝からずっと天気が悪く、午後2時半ごろになってついに雨が降りだしたためじゃのめでお迎えに参った次第で候。


 校門のわきで少し待っていると、中からぞろぞろと小学生が出てくる。いや、小学校なんだから当たり前だけれども。



「きっちゃん、おむかえに来てくれたの?」



 と、今にも空が晴れ渡りそうなほど眩しい笑顔を咲かせるマイエンジェル。


 あ、これはもう絶対俺に惚れたな……なんてな!ハッハッハ!



「優ちゃん、一緒に帰ろうか」

「うん!」



 紅葉みたいに小さい手を握り、さしていた紺色の傘を優ちゃんの方に傾ける。


 レインコートを着ていてもランドセルには雨粒がかかるし、風邪なんか引いたら大変だからな。去れ!ウイルスめ!



「雨ー雨ーぽっつぽつー降ーれ降れっ♪」



 そこまで歌うと、優ちゃんは嬉しそうに笑って続きを口にする。



「ぱぱちゃんがーくるまでおむかえーらんらんっ!うれしいなー♪」

「現代的ですね」



 優ちゃんオリジナルなのか、作詞監修は真也なのか。

 まあ可愛いからどっちでもいいか!



「きっちゃんみてー!」

「俺が優ちゃんを見てない日はないよー!」



 突然、道のわきに咲いていた紫陽花めがけて走りだし何かを捕まえ戻ってくる。


 その手の中には、殻に引きこもったカタツムリが。

 ちなみに、蝸(か)の牛と書いて、蝸牛(かたつむり)。覚えなくても生きていけるから大丈夫!



「かたつむりかー」

「いっぱいいたよー!」



 ぐいぐいと腕を引っ張られ紫陽花に近寄ってみると、葉っぱにかたつむりが4匹這っていた。ワーオ、ヌメヌメ。


 だが、こうして見ると可愛いかもしれない……優ちゃんには負けるけど。



「もってかえったら、ぱぱよろこぶかな?」

「んー……食べられる方なら喜ぶかもなー……」



 いや、優ちゃんにもらえるなら例え犬の糞だろうと真也は喜ぶ。確実にな。



「……? かたつむりはたべられないよ?」



 不思議そうに小首を傾げるエンジェル。

 ああ……可愛い。晴れ渡った俺の心に虹がかかりそうだ。



「ぱぱにもあげる!」



 そう言って、かたつむりを計5匹捕まえ、レインコートのポケットにINする優ちゃん。……潰れないのを祈ろう。



「あっめーあっめーぽっつぽつーふれふーれー♪」



 エンジェルはご機嫌でスキップをし、長靴をはいた小さな足で水溜まりに飛び込む。

 そして、飛沫が跳ねると楽しそうにきゃっきゃと笑った。



(心に虹がかかったわ……)



 ほら見ろ、優ちゃんのエンジェルスマイル効果で空にも虹がかかっている。……ん?虹?!



「優ちゃん、虹!」

「ほんと!? どこー!?」

「ほら、あそこ!」



 気がつくとやや左斜め上の前方には綺麗な虹がかかっていた。

 カラフルに色づいた空を見て、優ちゃんは歓声をあげる。



「きれー!」

「優ちゃんも綺麗だけどなー」

「ぱぱもみてー!」

「ほら! パパも見て!」



 ……あれ?パパ?



「おう、綺麗だな。優の次に」



 耳に届く聞きなれた声。振り返ると、湿気で少し跳ねた髪を揺らしつつ煙草の火を携帯灰皿で消す真也が立っていた。


 手首には黒とピンクの傘がぶら下がっている。



「真也……いつからいたの?」

「優がかたつむりを捕まえてる辺りから」

「マジかよ全然気づかなかったわ……忍者かよ……」

「次は天井裏に潜り込んでお前の寝首を搔いてやるよ誘拐犯」



 真也は人が殺せそうな目付きで俺を睨んだあと、仏のような微笑みを優ちゃんに向けた。


 そして目線の高さにかがみ、エンジェルの濡れた頬をハンカチで拭うパパ。



「ぱぱみてー! かたつむり!」



 自信満々な様子でポケットから5匹を取り出し、真也に差し出す優ちゃん。


 真也はそれを、



「おっ。いっぱい捕まえてすごいなー、優。ありがとう。でも、かたつむりは飼えないから逃してやろうな?」



 と優しく諭し、そっと葉の上に置いた。



「その代わり、帰ったらかたつむりの絵を描いてくれるか?」

「うん!」



 優ちゃんの頭を撫でる真也。

 それを眺めつつ、ぽつりと呟く。



「かたつむりに向ける優しさを俺にもくれよ、真也……」



 お父様は無言で黒の傘を手にとり、柄の部分を俺の足首に引っ掛けて軽々とひっくり返してから優ちゃんと一緒に先を行く。



(ああ……綺麗だなあ……)



 置き去りにされた俺は、いつの間にか晴れ渡った青空を静かに仰ぎ見るのだった……水溜まりに浸かりながら。

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