その17.誕生日会

 突然だが、皆さんの中に優の誕生日をご存知の方はいるだろうか。



「おいおい、真也。その情報が本編でチラッと公開された時は他のインパクトが強すぎたんだから記憶に残るわけないだろー?」



 そう、6月1日だ。



「あれ? 無視?」



 そして今日は6月9日である。


 決して、断じて、誓って。忘れていたなんてことはありえない。



「真也。大事な日を忘れることくらい誰にでも一度はあるんだ。恥ずかしくないぞ」

「さっきからうるせーぞ喉仏引きちぎられてーのか」

「やだこわい……きっちゃん黙ります……」



 さて……ではなぜ今日――9日にお祝いパーティーをするのかと言うと、レストランを貸し切ることのできる日が一番近くてこの日しかなかったからだ。


 まあ『貸し切り』と言っても、お店に俺と優(あとおまけにもう1匹)のみというのはさすがに寂しいだろうから、一般客も入って来られるようにしてあるんだがな。


 というわけで、俺達は某有名高級レストランにやって来たのである。



「高峰様、お待ちしておりました。席にご案内させていただきます」

「わー! きらきらー!」



 店内のシャンデリアを見上げ、きゃっきゃと笑う優が可愛すぎてつらい。今日も優が優勝。


 案内されたテーブルの椅子に腰かけると、ウェイトレスさんが優の首にエプロンをつけてくれた。



「おひめさまみたい!」



 ははっ、なに言ってんだ?優。

 パパの中では365日、常に優が世界で一番のお姫様だぞ。


 少ししてから、先ほどのウェイトレスさんがワゴンに料理を載せて運んできた。



「スズキでございます」

「えっ? あっ、城田でございます!」

「ゆうです!」



 優は可愛いから無罪として……樹久。お前、なに言ってんだ?


 ウェイトレスさんは肩を震わせて笑いをこらえている。



「こっ、こちら……スズキの、むっ、ムニエルです……っ、ぶふっ……!」



 そう。彼女は別に礼儀正しく自己紹介をしてくれたわけじゃない。



「また、の、後ほど……ぶっ……料理を、おっ、お持ちします……ふっ、くっ……」

「はい、ありがとうございます」



 よく頑張って堪えたな、ウェイトレスさん。


 震える背中を見送ると、優は手を合わせて、



「いただきます!」



 フォークとナイフを持ちにくそうにしながらも、頑張って使いスズキのムニエルを食べ始めた。



(ああ……一生懸命な優、可愛いな……フォークとナイフになりてぇな……いや、むしろスズキに……)



 優の横から箸で小骨を取り除き、身をほぐしつつそんなことを考えていれば、対面側に座る樹久が軽く身を乗り出して顔を寄せてくる。



「なあなあ、真也」

「何の用だ虫けら」

「ナチュラルに人を傷つけるのはやめない? そうじゃなくて、」



 にやけヅラで声をひそめる虫けら。



「何で6月9日を選んだわけ? エロくね? 69って、シックスn……ひっ!」



 何やらおかしな話が耳に入ってきたため、本当は蹴り飛ばしてやりたいところではあるが……それは我慢して、テーブルの下で虫けらの股間にナイフを突きつけた。



「……今、何か言ったかい? 樹久クン」

「ハイ……優ちゃんの誕生日である6月1日は国民の祝日にするべきだよなと言いマシタ……」

「ああ、たしかにそうだね。俺も同意だよ」



 樹久に向かって『次、優の前で変なこと言いやがったらテメーの愚息は粗びきウインナーに、金色の袋はミートボールにでもしてテメーの口とケツに突っ込んでやるよ』という意味を込め、営業スマイルを浮かべて見せる。


 樹久は瞳に恐怖の色を浮かべながら、



「クソッ……こうなったら……」



 などとほざき、胸ポケットに片手を入れた。



「何だ? ナイフか? いい度胸だな。まともにやりあってもお前に勝機がないとはいえ、凶器使って実力行使しようなんざ見損なったぞ」

「ハピハピッ! ハッピーバースデートゥー優ー♪」



 歌と共に出てきたのは、ピンク色の包装紙に包まれた縦横30センチはあるだろう巨大なプレゼント。



「わー! きっちゃんありがとうー!」

「どういたしまして優ちゃん!」



 それはいったいどっから出てきたんだ。

 お前の胸ポケットは四次元空間にでも繋がってんのか?


 ……つーか、



「芸人のネタを我が物顔で披露するんじゃねーぞ」

「昨日テレビでたまたま見てさぁ、これはウケる! と確信したわけさ」

「わけさ、じゃねーよ紛らわしい真似しやがって」



 こんなやり取りをしている間に、優はムニエルとサラダを綺麗に平らげる。

 それに気づいてウェイターさんに目配せすれば、店内の電気がフッと消えた。


 しかし、停電ではない。ここまで全て計画通りだ。

 奥から出てきたのは、7本のろうそくに火を灯したバースデーケーキ。



「ケーキだー!」

「パパの手作りだぞ、優」



 いびつながらも、頑張って優の大好きなラブキュアのケーキを作り上げた俺。



「ぱぱ、ありがとう!」

「どういたしまして」



 その輝く笑顔を見られただけで、努力した甲斐があるというものだ。

 店内のお客さんも一緒にお祝いの歌を口ずさんでくれて、



「ふーっ!」



 優は可愛く唇を尖らせ、火を消す。同時に、周囲からわき上がる拍手。



「誕生日おめでとう、優」

「ぱぱだいすき!」



 俺は心の底から愛してるぞ。来年も再来年もその先も、俺がそばにいてやれる限り一緒に祝おうな、優。

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