夢のようだ 【一話読み切り】

大枝 岳志

夢のようだ

 窓際に立っている夢を見て、私は目を覚ました。

 眠っているのは夢と同じ窓際で、まるで違うのは寝た切りになったまま立つことすら叶わないという事だ。

 眠りにつき、寝た切りの一日を過ごし、そして再び眠りに落ちる。

 この目も耳も生きていて、どんな風景も物音もはっきりと聞く事が出来る。ただ、声は出せない。

 始めのうちは心配して足繁く通っていた息子夫婦も、近頃めっきり姿を見せなくなった。

 時折現れた所で、寝た切りの私を見つめながら先日はこんな話をしていた。


「もうそろそろかな?」

「まだ逝ってくれないんじゃねぇ。お金ばっかりかかって……」

「何も出来ないなんてさ、死んでるのと同じなのにな。病院もひどいもんだよ」

「お金儲けよ。あ、帰ったらドラマ観なくっちゃ。昨日録ったの、まだ観てないのよ」

「じゃあ帰ろうか」

「そうね」


 パイプ椅子に腰を掛けてからものの十秒だった。

 来れば良いとでも思っているのだろうか。私は時間がない中で回る観光名所のような存在なのだろうかと、しばし自問自答してみた。

 部屋に響かない自分の笑い声が聞こえ、脈が激しく乱れた。

 

 眠りに落ちて再び目を覚まし、寝た切りの一日が始まった。

 ここしばらくは新しい看護士の若い男が、私の身体を床擦れから守ってくれている。


「日比谷さん、今日はよく晴れてますよ。春がやって来そうです。でもね、新潟はすごい雪なんですよ」


 晴れているのも見えている。新潟で大量の積雪があったのも、隣のベッドのテレビニュースから聞こえて来ていた。

 私のことは、もう誰も分かりはしないのだろうか。

 窓の方へ身体を倒されると、私は窓の外の木に止まる雀に目を向けた。

 小さく跳ねながら、仲間と楽しそうに遊んでいる。

 なんて可愛らしい姿なんだろう。あぁ、私はまだ何かを愛でるという気持ちがあるものなのだな。そう思っていると、窓の外をちらりと見た看護士は女のように優しく笑いながら、こう呟いた。


「可愛いですよね」


 そうだ。そうなのだ。あの雀達は、なんとも可愛らしいのだ。あんなに小さいのに、飛んだり跳ねたり、それにお喋りまでしているようだ。

 あんな小さいのに、私に出来ないことを軽々とやって見せるのだ。

 そう思うと、私は何も出来ない今の自分が情けなくなった。

 しかし、何故看護士は私は雀を愛しいと感じているのが分かったのだろうか。偶然だろうか、それとも、ただの当てずっぽうなのだろうか。

 看護士は作業を終えると、私に布団を掛けて最後にこう言った。


「自分でも、分からないんです」


 私の問い掛けに、看護士は答えた。

 意思の疎通が出来た悦びに身体が震える感覚がした。手も足も、今にも動き出しそうな活気に満ちた。

 一人、また一人と暇な患者が部屋を出て行くと私と看護士は二人きりになった。

 そして、看護士はもう一度同じ言葉を呟いた。


「自分でも、分からないんです」


 声のトーンは落ちたが、この看護士の能力があの「超能力」というやつなのだろうか。 

 私は冗談半分で看護士に心の中でこう伝えてみた。

 超能力で俺の身体を元に戻してくれ、と。

 すると、看護士は小さく頷きながら溜息のように言葉を漏らした。


「自分でもね、分からないんですよ。なんでこんな事をするのか……」


 何かの袋を破く音がすると、看護士は私の点滴の中に何かの液体を数滴入れて微笑んだ。

 質問と答えが合っていないじゃないか。なんだ、ただの偶然だったのか。そうか、そうだったのか……。

 そう思っているうちに急激な睡魔に襲われ始め、視界がぐにゃりと曲がって看護士は景色の隅へ溶けて行った。なんとなく彼が部屋を出るのがわかったすぐ後に、突如として私の目の前に果てしない暗闇が広がって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢のようだ 【一話読み切り】 大枝 岳志 @ooedatakeshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ