事故死

 事故死と言っても、いろいろある。交通事故死、スポーツをしていての事故死、転倒・転落死、溺死、窒息死、火災での死、中毒死。


 僕の妻・河野美月こうのみづきは先月、交通事故で亡くなった。妻が横断歩道を渡ろうとしたとき、信号は青なのに信号が赤で突っ込んできた大型トラックにひかれた。即死だった。病院に救急車で搬送されて霊安室に横たわっている美月は、見るも無残な姿だった。凝視できなかった。


 僕の名前は河野大こうのだいという。年齢は43歳。身長は低く、160㎝くらいで肥満体。髪は円形脱毛症なのか、河童のようになっている。東京の下町で生まれ育った。いまも同じところに住んでいる。父は5年前に釣りをしていて波にさらわれて溺死した。警察に行方不明の届けを出していたが、なかなか発見されず、見つけたのは釣りをしている年配の男性だった。死後1週間は経っており、死体の腐敗もすすんでいた。母はそんな姿になった父を見て可哀想なくらいに号泣していた。母はそれ以来、ボーっとして過ごすことが多くなった。そのころはまだ、僕は母と同居していたので異変には気付いていた。いくら確認のためとはいえ、腐敗した父を見せられて正常な精神でいられないのはわかる。そのころから、

「わしもお父さんのところに早く行きたい、しんでしまいたい」

 と口癖のように言うようになった。

「母さん」

 そう声をかけても反応がうすい。もう一度、

「母さん」

 もう少し大きめの声で呼ぶと、

「なに?」

 ようやく気付いた。

「一度、病院へ行ったほうがいいと思う」

「なんで?」

「母さん、父さんのあんな姿を見てから様子がおかしいよ。ボーっとするようになった」

「病院になんか行きたくない。放っておけば治るよ」

「だといいけど」


 そう話した翌日の昼12時30分ころ、僕のスマホに一本の電話が入った。出てみると警察からだった。母が交通事故にあって頭を強く打ち大けがを負っているとのこと。その話を聞いて僕は無性に心配になった。警察に教えてもらった病院に車ですぐに向かった。


 車を運転中に僕は涙が出て止まらなくなった。母さんが、死ぬ。

 病院に着いて、受付にまず向かった。

「あのう、河野昌子の息子なんですが、救急車で運ばれたって警察から聞いて来たんですが……」

 受付の女性は50代くらいだろうか、白髪が目立つ。体型はぽっちゃりしていて身長はそれほど高くない。黒ベースの制服に縦に細く白いラインが入っている。

「あっ、はい。先程、運ばれてきてますね。今はオペ中です」

「そうですか、わかりました。どこで待ってたらいいですか?」

「オペ室は1階にありますので、外来待合室でいいですよ」

「わかりました」


 僕は思った。こんなことになるなら、もっと親孝行しておけば良かった。後悔先に立たず、とはこのことだ。そう思うとまた泣けてくる。鼻水をすすり上げた。これでもし、母が亡くなるようなことがあったら僕はどんな気持ちになるだろう。きっと号泣すると思う。


 それから約1時間30分後、オペが終わってストレッチャーに載せられた母がオペ室から出てきた。頭には包帯が何重にも巻いてあった。


 母さんのオペをした医師だろう、近づいてきた。

「河野さんの息子さんですか?」

「はい」

 緊張が張り詰める。何を言われるのだろう。

「手術は成功しました」

「あ、ありがとうございました!」

「ですが、患部が頭部なだけに、予断を許さない状況です。いつ、どう容体が急変するか分からないのが現状です」

「そうですか……。治る見込みはあるんですよね?」

「それも含めて分からないのです」

「そうですか……」

 医者はその場を去った。

 

 僕は母の病室に向かいながら、いろいろなことに思いを巡らせていた。最悪の場合と最高の場合。前者は母の死。後者は退院できて今まで通りの生活を送れること。そう、普通でいいのだ。何も贅沢な暮らしを求めているわけではない。


 だがだ、母は1週間後、目を覚ますことなく息を引き取った。僕は呆然自失の状態。何にも手がつかないし、医者には言われていたが、僕の中では復帰できると思っていたから。悲しみに暮れる中だが、やらなければならないことがある。葬儀屋に電話しなくては。祖父母が亡くなった時のことを思い出して行動した。葬儀屋に電話するのは初めて。


 僕には家族と呼べる人がいなくなってしまった。たまらなく寂しい。父に対する母の気持ちが分かったような気がする。

「わしもお父さんのところに早く行きたい、しんでしまいたい」

 と母は言っていた。僕も同じだ。天涯孤独になってしまって、これからどうやって生きていけばいいのだ。僕はまず、親戚に電話をした。相手は父の弟の河野勝こうのまさるさん。家にある古い電話帳を開いて、探した。この古い電話帳は母が生前知り合いや親せきの電話番号を書いたものだ。5回、呼び出し音が鳴って繋がった。

「もしもし、僕です。大です」

『おー! 大くん、久しぶりだな。どうした?』

「実は、僕の母が亡くなったんです」

『え? 真面目な話か? 嘘だろ』

「嘘じゃないです……。明日の18時30分から通夜があります」

 返事がない。どうしたのだろう?

『お前、父さんも亡くなって、母さんまで亡くなって独りになってしまったじゃないか。家内にも言っておくけど、たまに飯でも食いに来い?』

「ああ、それは嬉しいです。正直……寂しいので……」

『だろ』

 僕の父は、河野大輔こうのだいすけという。普段、勝おじさんとはあまり交流がなかった。でも、親戚だから母が亡くなったことを黙っておくわけにはいかないと思い電話をした。父さんの兄弟は2人。


 次に母さんの兄弟姉妹にも連絡した。まずは、母さんのお姉さんの信子おばさんの携帯電話に電話帳を見てから電話をした。10回くらい呼び出し音を鳴らしただろうか。大事な電話なのでしつこく鳴らした。

『もしもし!』

「信子おばさん! 大だけど訃報があるよ」

『え? ふほう?』

「うん……母さんが亡くなった」

『え!? 何で?』

「交通事故にあって頭を強打したらしくて手術して医者は成功したと言っていたけれど、1週間くらいで亡くなった」

 僕は一気に言った。

『あんた、そういうことがあったなら、電話の一本くらい寄越しなさいよ!』

「いや、良くなると思って電話しなかったのさ」

 信子おばさんは黙った。僕が言ったことに納得したからか。

『でも! 事故にあったなら連絡くれればよかったのに!』

「すんません」

『それで、通夜はいつ?』

「明日の18時30分からだよ」

『そう、わかった。あんた、兄弟もいないし両親もいなくなって独りになっちゃったね』

「……うん」

『寂しいだろうけど、がんばってね!』

 それに対して僕はなにも言わなかった。まるで他人事だ。でも、応援はしてくれていると思う。


 妻の美月は交通事故で亡くなり、父は釣りをしていて高波にさらわれて溺死したし、母も交通事故で亡くなった。僕の周りの人たちが次つぎと亡くなっていく。これはなにかの陰謀か? それとも、たたりか? いやいや、そんなはずはない。僕はだれかにはめられたり、誰かをあやめたりるようなことはしていない。真面目に生きているだけだ。


 つぎに電話をかけたのは、母の弟の加藤松夫さんだ。松夫おじさんは気性が荒い。亡くなってから電話をかけるからなにこそ言われるか分からない。とにかく知らせないとと思い、電話帳を開いた。だが、いくら探しても松夫おじさんの名前と電話番号が見つからない。なぜだろう? 仕方がないので信子おばさんに教えてもらおうと思い電話をかけた。だが、なかなか出ない。終いには留守番電話に繋がってしまった。

さっきもなかなか出なかったし、一体何をしているのだろう。仕方がないので留守番電話に、「大です。松夫おじさんの電話番号を教えて下さい」というメッセージを残して電話を切った。


 それから約1時間経過して、僕のスマホに電話がかかってきた。

『もしもし、大? 私。信子だけど』

「あっ、おばさん。留守電聞いてくれたんだね」

『聞いたよ。松夫の電話番号が知りたいの?』

「うん、母さんが亡くなったことと、通夜の日程を伝えようと思って」

『……松夫ね、私も用事があって電話したら繋がらないのよ。この番号は現在使われておりません、って聞こえるの。だから、電話番号変えたんだわ、きっと。だからと言って易々やすやすと家には行けないし。松夫は本州に住んでいるから。だから、通夜には出れないとしても、昌子が亡くなったことは手紙で伝えた方がいいかもね』

「でも、僕、松夫おじさんの住所知らないよ」

『私は知っているから、手紙出しとくよ』

「わかった。よろしくお願いします」

 そう言って電話を切った。


 自宅の母の部屋には、遺体となった母が横たわっている。親戚の人達も通夜の時間までには来るだろう。


 今はスマホの時計を見ると13:29と表示されている。その時だ、家のチャイムがピンポーンと鳴った。誰だろうと思って、玄関に行ってドアを開けた。

「こんにちは。河野さん、お母さんが亡くなったって聞いて線香あげさせてもらいにきたよ。上がっていいかい?」

 このおじさんは、隣に住んでいる山本やまもとさん。僕は疑問に思ったことがあったので訊いてみた。

「あのう、何で僕の母が亡くなったこと知ってるんですか?」

「あんたのおばさんにあたる平信子さんから連絡きて知ったよ」

「そうなんですね、わかりました。わざわざありがとうございます。どうぞ、入って下さい。山本さんとは母も話し相手になってくれてたみたいで、お参りしてもらえると母も喜ぶと思いますので」

 山本さんは僕の両親と仲良くしてくれていた人だ。ちゃんと、喪服を着て来てくれた。きちんとした方だ。僕は母のところまで案内した。そして、山本さんは母を見るなり、

「ああ……。昌子さん。この前まで元気に喋っていたのに……。こんなことになっちまって……。かわいそうに」

 山本さんの顔を見ると、涙を浮かべていた。優しい人だと思った。人情味があるというか。そういう友達がせっかくいても、現実に起きることにはかなわない。

 妻の美月、それと両親の分まで一生懸命生きていこうと思う。


 いまは母と2人で母の部屋にいる。なんとなく心細い。

 

 不意に亡くなった妻の美月の声が聞こえたような気がした。

 

「まけないで」

 

 と。


 気のせいか。それきりなにも聞こえない。まけないで。美月が天国から応援してくれているのか。いまでも、忘れられない愛しの美月。優しくて頭のいい女性だった。亡くなったのは先月のことだから僕と美月の寝室に白い箱に入った遺骨が台の上に置いてある。四十九日まではこのまま。やはり、寂しさや悲しみは拭えない。なんせ、遺骨がそばにあるから。


 僕は山本さんに、

「居間に行きませんか?」と。

「そうだねえ」

 と洟をすすりながら立ち上がった。山本さんはすこしふらついた。

「大丈夫ですか?」

 そう声をかけると、

「うん、大丈夫。ありがとう」


 山本さんの下の名前は分からないが、年は多分70代だろう。年齢の割には禿げているわけでもなく、白髪ではあるが。からだも細く、弱々しく感じる。何か持病があるのかな。山本さんの奥さんはたしか他界しているはず。子どもは地方で働いていると生前の母が言っていた。町内会の人と交流があるみたい。仕事はたぶん無職だろう。やっているとすれば、シルバー人材センターに所属して働いているかもしれない。わからないが。山本さんの趣味はパークゴルフと盆栽のようだ。実に穏やかな人だと思う。


 山本さんは、

「あまり長居しても悪いから、そろそろ帰るよ。通夜には行かせてもらうよ」

 と言った。

「ありがとうございます。お待ちしてます」

 僕はそうお礼を言った。


 時刻はスマホを見ると17:31と表示されていた。もうそろそろ親戚の人達が来る頃だろう。久しぶりに会う人達ばかり。訊いていないけれど従兄弟いとこも来てくれるのかな。来てくれたら嬉しいけれど。こんなときにしか会えないから、不謹慎かもしれないけれど、親戚がくるのを心待ちにしていた。それと共に母の死の悲しみは軽減されつつあった。


                                (終)

 


 

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遠藤良二 @endoryoji

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