第3話 お財布エマージェンシー
「悠介君はなんか部活やってんの?」
アズサが席を外し、一番に声をかけたのは隣に座る男子だった。
「あっ…やってないん、だよねぇ…」
敬語になりそうになるのを抑えて悠介は正直に答えた。
「ウチらもやってな〜い」
「オレも帰宅部〜」
「てか、
真ん中のピンク色の髪の女子は暴露する。
「元バスケ部な」
竜也と呼ばれた男子は強調してそう言った。
「結構早かったよな。入部して2ヶ月くらいか?」
亜蓮が彼の経歴を思い返していると、彼らが注文したものがテーブルへ運ばれた。
「うわっ…」
悠介は思わず驚愕の声を出した。
「これだよこれ。てか悠介クンどしたの?」
他店の4倍…
亜蓮と悠介の前に置かれたのは、パンケーキというより「ビル群」だった。
「お昼にパンケーキだけなんて大丈夫〜? 私のサンドイッチ食べる〜?」
(心配してくれるのそこじゃなくない…?)
「亜蓮は食生活ズレてるからなぁ…悠介君、無理して全部食わなくていいからな?」
竜也は心配したが、甘いものは好きだからと自分に言い聞かせ、食らいついた。
「おいしい…けどやっぱり多いね…」
「うまいだろ? キツかったらオレにくれてもいいぜ」
「おまたせ〜 …あたしのも来てるね」
【てか、悠介くんのこと普通に1人にしちゃった。大丈夫だったかな?】
「悠介くんは試練の真っ最中で〜す」
奥の女子は茶化した。
「あー、頼んじゃったかぁ。悠介くん、食の好みは亜蓮に合わせない方がいいよ…」
初回無料の1杯のコーヒーが底をつく頃には悠介は完食していた。…他の5人と1枚ずつ交換したおかげで。
「ぐふっ…」
「頑張ったねぇ…」
「細いのにね〜」
女子は小さな拍手を送った。
「てかさ、ゆかりんの動画みた?」
「みた〜!」
ピンクの女子が話を始めたのをきっかけに、悠介は「遠のいて」いった。
「そんでね、そのまんま壁にドカーン! …って」
「あはは!」
(…なんだろう)
「オレも動画やってみよっかなぁ」
「誰と? ユート? たむたむ?」
(だんだんと…)
「竜也さぁ、バスケ部におもろいヤツいなかった?」
「ん? ああ、バスケ部に…」
(まぁ、僕はよそ者なんだし、話に付いていけないのも仕方ないよな、うん…)
【あっ…もしかして悠介くん、話に入っていけないんじゃ…】
アズサが心配している頃…
「…くんは知ってる?」
「はいっ!?」
ピンクの女子が悠介に尋ねたが、きちんと聞いていなかったらしい。
「スプラピューン、知ってる?」
「あ、スプラピューン? うん、僕そのゲーム持ってるよ」
その一言に、子ども達は感心の声を出した。
「じゃあ持ってるんだね! ムセキニンテンドースイッチ!」
5人は悠介の顔を覗きこむ。
「も、持って、マス…」
その瞬間、悠介は共通の趣味を知った。
(一度にたくさんの人と…しかも他校の人と話したのは初めてだ…)
「次どこ行く〜?」
一行が店を出たところで、奥に座っていた茶髪の女子がみんなを振り返る。
(げっ…まだどっか行くのか? 普段そんなにお金持ってないからもうギリギリなんだけど…)
財布の入ったカバンをぎゅっと握りしめる悠介。すると竜也はこう言った。
「俺そろそろ時間だわ」
「ん〜? …あ〜アレね? いってら〜」
「頑張ってこいよ!」
「また前みたいに無茶しないでよ?」
(ん? え、なんのこと? 頑張るとか無茶するな、とか…)
「竜也はね? バスケ辞めてからずっとジム通ってんのよ」
去っていく彼に困惑する悠介を見かけてか、アズサは声をかけた。
「ジム…? 運動不足だからかな…」
「それもそうかもだけど…なんかあいつ、プロボクサー目指してるっぽいのね?」
(プロボクサー!? モハメド・ナシとか、具志堅溶鉱炉くらいしか知らないな…てか、あんな簡単に断っていいのか? …いや、それは仲が良いからこそできる所業で…)
金銭的かつ、距離感の不安定さ…
悠介は断っていいものか悩んでいた。
すると亜蓮は、そんな胸の内を知ってか知らずか都合のいいことを聞いてきた。
「もしかして悠介クン…このあと予定ある感じ?」
「えっ…」
「あ〜 だから無言だったのね〜?」
「あの…」
「言い出せなかったのね…どんな予定なの?」
(なんか知らんけどここはひとつ…)
「爺ちゃんが入院してるからお見舞いに…」
(すまない爺ちゃん…通りすがりのお姉さんの胸元に釘づけになるような爺ちゃんが、そう簡単に入院なんかするはずがないのに!)
嘘をつくとき、身内をいけにえにするのは悠介も同じだった。
「入院してんの? ありゃあ…」
「早くよくなるといいね〜」
「爺ちゃんか…優しくしろよ悠介君?」
「う、うん…そういうわけだから、今日はもう行かないと…」
【そうだったんだ…それなのにお昼誘ったりして、悪いことしちゃったかな…】
アズサは悠介の出まかせを真に受けて、心の中で反省しているようだった。
悠介は申し訳なくなった。
「けどあれだよ? 結構具合もよくなってきて、あとちょっとで退院できるらしいから…だから…もしよかったら、また誘ってください…」
モジモジしながら言う悠介に、彼らは頷いた。
「うん、じゃあまた今度ね!」
「スプラのこととかまた話そうぜ!」
「またランチ来ようね〜! 今度はパンケーキじゃないやつがいいかも〜」
悠介は、予想に反して優しい彼らに少しだけ感涙しそうになった。
「ありがとう…アズサさんも、また今度…」
「うん。じゃあね!」
【お見舞いがあるなら仕方ないか…】
こうして悠介は4人と別れ、いつも通りの帰り道をたどっていった。
(次はもっとお金を用意しておこう…てか、そもそも誘ってもらえるのかな? あー! もっと話しとけばよかった!)
自宅のマンションへ向かう悠介。
(…あれ? あのひと竜也くんじゃない?)
ふと道沿いのビルに目を向けた悠介。
そこにはスパーリングをする竜也がいた。
日替わりランチじゃあるまいし サムライ・ビジョン @Samurai_Vision
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