第2話 お昼、一緒にどう?

「別にいいけど…終業式の後でね」

「あ、うん…!」

【よっしゃ! 夏が始まるって感じ!? つか終業式めんど…そんなんやってるヒマあったらマイン交換したいわマジで】

心の中は表面とは正反対。アズサの声は心の中から出ているはずなのにとても大きい。


夏場の体育館。もちろんここに冷房を取りつける余裕は学校にない。

半袖の生徒と対比するように、前で話す校長はあろうことかスーツを着ている。

【校長なんでスーツ着てんの? 見てるこっちが暑くなる…てか、マジで暑いんよ! はよ終われぇ…悠介くんは平気そうだな】

悠介から見て右側は女子の列。右斜め後ろにアズサがいるのだが「絶賛心の声響かせ中」である。

10時を少し過ぎた頃…終業式が終わり掃除の時間になった。

【めんど…さ! は…く悠介く…たい!】

教室を掃除する悠介の耳には、廊下にいるアズサの声がそう聞こえた。


「…ということで、皆さん楽しい夏休みにしてください! 号令!」

11時になる少し前。ようやく学生の1日が終わった。

【やっと終わった…よし!】

「門田くん、マイン交換しよ」


(でしょうね…心の中が「マイン」と「悠介くん」ばっかりだったし…口約束では終わらないか)

「うん。あ、あとさ…西宮さん」

「なに?」

「僕、名字で呼ばれるのは苦手というか…慣れないんだ。西宮さんさえよければ、下の名前で呼んでもらっても…?」

実際のところ、そうでもなかった。

高校に友達らしい友達がいない悠介は、下の名前どころか名字で呼ばれることすら稀だ。

「苦手」以前の問題なのだ。


「…分かったわ。ゆう、悠介くん」

【噛んじゃった…てかあたしのことも下の名前で呼んでほしいな…】


「…僕が読み取るから、のQRコード見せてほしいな」


その瞬間、しばしの沈黙が訪れた。

「あ、うん。…どうぞ」

【不意! 打ち! かい!! ビックリしたぁ! アズサさんかぁ…なんかハズい…でも嬉しい!】


「よし、交換できたみたい」

実をいうと悠介は交換のやり方をよく知らなかったようで、こっそりと調べていた。

「悠介くんはさ、このあと予定あるの?」

「あー、特にないかな…」

「あのさ、もしよかったらこれからお昼行かない?」

「えっ…今から?」

「ダメかな? お気に入りのカフェだから、どうかなって思うんだけど…」

「いやいや! 全然ダメじゃない、です。僕でよければ!」

学生時代は短い。だからこそ彼らにはスピード感が求められる。

心の声が読める分、通常より早いだけなのかもしれないが…


(帰りにご飯食べるなんて初めてだ…というか女子と? 西宮さんみたいな人と2人きりだなんて…緊張してきた…)

いつもは1人の帰り道。いつもは左へ曲がる信号を右へ曲がり…悠介は胸が高鳴った。

初めての寄り道と初めての異性。

それらが同時にきたのでは、彼は天にも昇るのではないか…


だが、お目当てのカフェに着く頃には、「天にも昇る気持ち」に雨雲がかかった。

(友達も来てるのかよ…)

奥の席で、見知らぬ女子が手を振っている。

しかも男女合わせて4人もいる。

人見知りな悠介の性格にくわえ、彼らの身なりは明らかな「陽」…

(どうしよう…怖い…けど逃げられない!)

悠介は覚悟を決めて彼らの前に立った。


「アズサ、その人だぁれ?」

「制服同じだし、同級生かなんかじゃね?」

席の奥で向かい合う男女が詮索する。

「さっき知り合ったばっかなんだけど、同級生の悠介くん」

(ひとまずなんか喋らないと…)

「はじめまして、アズサさんの同級生の悠介です。よろしく、おなしゃす…」

悠介の声はだんだん小さくなっていく。

その様子を見た彼らは…


「悠介くんね! よろー!」

「結構カワイ〜顔してるね〜」

「ここ座んなよ! 俺寄るからさ」

「おい荷物踏むな! …へへ、よろしく!」


意外にもウェルカムな姿勢を見せた。

「あ、じゃあ失礼しまぁす…」

首をふわふわと縦に振り、席についた。

結果として彼らは、男子と女子で3人ずつ向かい合う形となった。


「悠介くんはこのお店はじめて?」

話しかけたのは真ん中のピンクがかった髪の女子だった。

「あ、ハイ…初めてデス…」

「なんでカタコト? ウケる〜 つかアズサとタメっしょ? タメ口でいいよ」

「あ、うん…」

(我ながら恥ずかしい…話し始めに「あ」をつけないと喋れないなんて)


「悠介くんなに頼む〜?」

奥の女子が柔らかい口調で尋ねる。

「オレはもう決めてあるぜ? この店名物『マシマシパンケーキ』!」

亜蓮あれんじゃなくて悠介くんに聞いてるの〜」

「マシマシパンケーキっていうのは?」

悠介は勇気を出して聞いてみた。

「パンケーキが他の店の4倍出てくるのだよ! 腹も膨れるしうまいしで最高だぞ!」

亜蓮と呼ばれた男子は奥に座っており、金髪だった。

「じゃあ…僕もそれにしてみようかな…」

「頼め頼めー! うまいぞぉ?」

2人の様子を見ていた真ん中の男子は、隣の悠介を気にしながら言った。

「確かこの店、初めて来た人だとドリンク1杯無料になるんだよな?」

「おん、たぶんそうだぞ」


そのとき、女子と話していたアズサがふと立ち上がった。トイレに向かったようだ。

【目の前に悠介くんいると調子狂うな…】

(あれで調子が狂ってたのか!? 普段通りに見えたんだけど…てかちょっと待て!?)


アズサがいなくなったということは、悠介はこの場に2人…いや、5人きりである。

(どうしよ…絶対気まずくなる…)

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