日替わりランチじゃあるまいし

サムライ・ビジョン

第1話 悠介の不思議体験

「…よし、号令かけて〜」

「起立! 礼!」

そのやり取りを皮切りに、生徒たちは荷物を詰めて教室を出ていった。廊下に出た生徒たちは、来たる夏休みの話で持ちきりだった。


【はぁ…いいよなぁ学生は…夏休み、もっと楽しめばよかったなぁ…】



(…ん?)

門田悠介かどたゆうすけ。高校1年生の彼の席は一番後ろにあるのだが…彼は違和感を覚えたようだ。

(なんか声が響いてたような…他の人は全然反応してなかったし、そもそも口、動いてなかったよな…?)

しかし、門田悠介にはそのようなことを確認できる友達がいない。話術も、さほどない。

それでもこの男…好奇心だけは人一倍つよいようで、担任に接近することにした。


「先生!」

「ん? どうしたの門田くん」

門田悠介は早くもしくじった。接近したはいいものの、会話するための「話題」を用意していない。

…しかし、「話題」は必要なかったようだ。


【早くしてくれないかしら…時間ないのに】


なかなか話を始めない門田悠介に、表情こそ変えないものの確かに悪態をついた。

、悪態をついたのだ。


(…もしかして心の声なのか?)

「いや、やっぱりなんでもないです」

門田悠介はさよならを告げると、逃げるように去っていった。

【なんなのよ。用がないなら話しかけないでほしいわ…】

背中に文句をぶつけられた門田悠介は、肩にかかった学生用カバンの紐を強く握った。


早歩きで廊下を突き進む悠介。

人の心の声が聞こえるようになった高揚感。

担任に迷惑がられた申し訳なさと悲しさ。

いろいろな感情が湧き起こったが、そのどれもが彼の歩みを早めていく。


家に着く頃には上機嫌になっていた悠介だったが、ソファに尻を沈めると、気持ちもまた沈んだようだ。

(てか…なんで田中先生の声しか聞こえなかったんだろう…)

悠介が不思議に思ったのはそこである。田中の声ははっきりと聞こえていたのだが、他の教師や生徒、家にいる母親の声も聞こえなかった。


(う〜ん…ぶっちゃけ田中先生の声が聞けても嬉しくないよなぁ…)

悠介は気楽であった。田中よりも他の者の声が聞きたいと、ぼんやり思っていた。


ついに迎えた、終業式当日の朝…他のクラスメイトよりも少し遅れて悠介は現れた。

「体育館やだわ〜 暑いもん」

「オシャレなかき氷だってさ。…ほら!」

「おわりしゃちょーの動画みた?」

ホームルール前のガヤガヤした雰囲気を遮るように、担任の田中は入ってきた。


「ホームルール始めますよ〜」

(…あれ?)

どういうわけか、その日は昨日とは打って変わって田中の声は聞こえてこなかった。

(なんだよ…せっかく人の心の声が聞けると思ったのに、もう終わりかよ)

悠介は不満であった。田中の声が聞きたいわけではないにしろ、やはり心の声が聞けるというのは大きな個性に他ならないからだ。

悠介が嘆いていた、そのときだった。


ガラガラ…


(遅刻か?)

西宮にしみやアズサ。

明るい茶髪と丈の短いスカート。そんな彼女が少し遅れて入ってきた。


「西宮さん、遅刻ですよ」

「うっす…」

彼女はぶっきらぼうだった。西宮アズサは自分の席に…門田悠介の隣の席についた。

(相変わらず無愛想だなぁ…僕が言えたクチじゃないけど)

顔面偏差値は学年トップクラス。しかし先ほどの態度もさることながら「クスリの取引をしている」等の噂により、彼女に声をかける男子はまったくと言っていいほどいない。


チラッ…


(やべっ…目が合った…)

悠介は気まずかった。窓際の席につく彼女がどのような様子なのか、ほんの少しだけ見てみようと思っただけなのだ。

(なに見てんだよとか思われたかな…あんまり見てると機嫌損ねるかもな…)

悠介は再び前を向いた。




【目が合っちゃった…あんまり見てると好きだってバレるかもな…】


「…え?」

悠介は声に出た。その声は周りの席の者にも聞こえたようで、なんだとばかりに悠介に目を向ける。


無論、アズサも悠介を見ている。

【なに今の…「え」ってなんなん!?】

その後、いったい何が「え」なのか分からないまま、生徒たちは前を向き直した。


(昨日は田中先生だったけど…今日は西宮さん? てか…「好き」って…ええ…!?)

悠介には何が何だか分からなかった。

心の声とはいえ想いを伝えられたのは初めてだったし、何より、今までアズサと交流したことは皆無だったのだ。


「…ことで、ホームルールを終わります」

いつの間にやら終わったホームルール。生徒たちは廊下に並んだりトイレに行ったりしているが、悠介はその場から動けずにいた。

(考えてても仕方ない。話しかけるか!)

廊下に出たアズサに近寄り、悠介は昨日の失敗を思い出しつつ声をかけた。


「ねぇ、西宮さん」


壁にもたれかかって爪を見ていたアズサは、ゆっくりと悠介を見た。

【え…悠介くん?】

アズサは期待と困惑の混ざった声色こわいろで、心の声を響かせた。


「西宮さんは、夏休み予定あるの?」

「な、夏休み?」

「うん」


【友達とテキトーに過ごすつもりだけど…どうしよう…これもしかして悠介くんと仲良くなれるチャンスだったりする!?】


「ゆうす…門田くんはなんか予定あるの?」

まだ下の名前で呼べる間柄ではないようだ。


「僕はなんにも…もしよかったら、マイン交換しない?」

「…は?」

「あ…しません、か…?」

あまりの冷たい「は?」を聞いて、つい敬語になった悠介。しかし、冷たい「は?」とは裏腹にアズサの心は…


【マジで? マジで言ってる!? マインの交換とか絶対したい今すぐしたい! まさか悠介くんから距離つめてもらえるなんて!】


夏まっ盛りであった。

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