第7話 『バス停』

 それにしても意外である。普段は冷静でクール系の彼女が、こんなに女の子らしい桜色のモコモコパジャマを着ているなんて。


「こんな夜に何の用だ。カレーにつけるのは、。」


 彼女の予想外なパジャマ姿を見てつい、ダジャレをかましてしまった。


「…死にたいのかしら?」


「ごめんなさい。」


 パジャマは可愛くても、中身はいつもの月城 簪であることに違いはないようだ。これ以上彼女を不機嫌にさせる訳にもいかないので、彼女に言われた通り外に出た。


「んで、簪はなんで僕の家に来たんだ?…というか、なんで僕の家を知っているんだ!?」


に頼まれてここまで来たのよ。そしてそれが偶然、あなたの家だったって理由ワケ。」


「ある人って誰のことなんだ?」


「今から会いに行く人よ。ついてきて!」


 そう言って彼女は僕の手を強く引っ張った。恋愛作品ならここで胸きゅんとかするのだろうけど、あいにく「遊び人とギロチン処刑台」という作品は現代ファンタジーなので、そういう展開はあまり期待しないほうがいいだろう。


「というか、なんでお前はパジャマなんだ?着替えてくればよかったじゃないか。」


「だってこれ、もふもふで気持ちいいもの。」


 理由が斜め上すぎてギャップにやられそうだ。いや、やられた。


 2002年 2月15日(金)


 また雨が降ってきた。暗い夜を冷やす、冷酷な雨である。ザーザーという強い雨音は町中に響き渡っていた。


「もう、また雨?せっかくお気に入りのパジャマだったのに…まあ濡れてしまったものは仕方ないわ。根賀くん、ちょっとここで雨宿りしていきましょう。」


 そう言って僕達は小さなバス停で雨宿りを始めた。



 ◇



 他愛もない話で盛り上がっていると、僕達の前に一台のバスが止まった。


「あれ、おかしいな。こんな時間にバスは動いてないはずだけれど。」


 バスのドアが開く。すると、さっきも見た黒いドロドロとした液体がドアから溢れ出てきた。


「根賀くん、人形よ」


「よし!…って、僕武器持ってないですよ。」


 あのー、簪さん。こいつマジか的な顔でこっちを見るの、やめてもらっていいですかね!?


 そうやっている内にドアから1体の喪神式人形が出てきた。それに続いて2体、3体とバスから溢れ出てくる。


「仕方ないわ。乗るわよ、バスに。」


「…マジか。」


 おいおいマジかという心の声が漏れてしまった。まあでも今の僕には拒否権がない(人権もあるかどうか怪しい)ので彼女が言った通りバスの中に入った。


「ご乗車ありがとーございます!このバスはあなた達を地獄に送るバスでございます!それじゃー、ぶち死んでくださいねー!」


 陽気な喋り方とは真反対な物騒なセリフがバス内に響き渡った。


「さあ、殺して殺して殺しまくるわよ!」


 彼女はそう言い放つとバス内の人形を片っ端から切り刻んだ。この光景だけ見ると、どっちが悪役なのかよく分からない。そんな彼女を僕は只只ただただじーっと見ていた。


 彼女のナイフはスっ、スっと人形の首に入ってゆく。何十体もいる人形に対して1本のナイフで立ち向かう彼女の姿は、まるで1つの美術作品のようであった。汗の一滴もかかない彼女は、どこか機械的だ。でも同時に、その喜びに満ちている狂った笑顔は、生物的で人間的だった。


「…簪、ちょっと待って。」


「何よ。折角人がいい気持ちだったのに。」


「人形の数減ってなくないか?」


 そう、人形は足元の泥から無限に湧き出てくる。これじゃあ彼女がどんなに嬉しくたってキリがない。


「ハッハッハー。よーやく気がついたみたいですねー。僕が操る人形は、いくらでも蘇るんですよー!」


「マインドコントロール…これは厄介ね。」


 マインドコントロール。それすなわち洗脳である。アニメや漫画なんかじゃよく見る魔術だが、まさか本当に実在したなんて思わなかった。ここだけの話、僕は小さい頃洗脳に憧れていたから、彼が人形じゃなければ是非洗脳魔術を教えて欲しかったのだが。


「えー、このバスはドールマスターが運転しますー。シートベルトをちゃくよーして、速やかにぶち死んでくださーい!」


 大体こういう洗脳タイプは、洗脳している本人を叩けば解除されるものだ。しかし、それは出来なかった。なぜなら――――――――――


「ドールマスターを殺したら、バスを運転する奴が居なくなって、事故で死んでしまう。だから、殺すにも殺せないよな…」


「それなら心配ないわ。私が運転します」


「それは頼もしいな!」


「ところで、アクセルは右左どっちだったかしら?」


 前言撤回させてくれ。不安でしかないから。


「まあ、それはあいつを討ってから考えましょう。今は目の前の敵に集中すること!」


「はい!」


 僕は次々と繰り出される人形の攻撃を身軽に交わした。いや、結構ギリギリなんだけれど。


 ◇


 私は運転席へ足を運んだ。しかし流石の窺知式人形。簡単には殺させてくれないらしい。でもそんなことはお構いなく、次々と目の前の人形の首を落として行った。


「えー、防御形態に入りまーす。」


 ドールマスターを名乗る人形は厚い装甲のようなものを身にまとった。これじゃあナイフは刺さらないだろう――――――――でも、やるしかないから、思い切りナイフを突き刺した。


「無駄でーす、無駄でーす。そんなちっぽけなナイフじゃ僕のそーこーを打ち破れませんよー。」


 私は何度も突き刺した。しかし、ドールマスターはビクともしない。どうにか殺す方法を。考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ!


「簪!関節だ!関節を狙え!」


 そう言われドールマスターの肘を見ると、装甲がなかった。肘だけじゃなく手首や指、足などの動く部分には装甲はないようだ。そうと分かれば話は早い。ここで会心の一撃を――――――――――突き刺す!


「うわぁぁぁああああ!痛い、痛い!何でだ、何をした!なんで防御形態の僕がこうやって無様に血を流しているんだっ!!」


 そんな彼の質問には答えず、引き続き彼のそれぞれの関節を刺し始める。


 最後は首。あまりの痛みに防御形態を解いた彼は半ば放心状態で、抵抗はしてこなかった。持っている果物ナイフで木から実を収穫するように、私は体から切り口を持って首をもぎ取った。辺り一面は飛び散った彼の泥でぐちょぐちょになった。後ろにいた無限に湧く人形も、ドールマスターを殺した瞬間蘇らなくなり、討伐完了は無事成功したらしかった。いやぁ、それにしても楽しかったなぁと考えていると、根賀が大きな声で私に指示をした。


「簪!!前!前から車が!」

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