第4話 『人形』
「うわっ、結構雨降ってるなぁ。」
僕は傘をさして少し小走りで中学校に向かった。
◇
しばらく足を動かしていると、ドロっとしたものを踏んだ気がした。僕は即座に足元を見る。
「うえっ、なんだこれ。ゲロか?いや、違うな…油?固まってないコンクリート…?」
踏んだ感触はそんな感じだったのだが、見た感じ真っ黒で踏んだドロドロの正体はまだよく分からない。僕が出来る限り踏まずに歩こうとつま先で歩いていると、後ろから声が聞こえた。
「避けて!」
驚いた僕は瞬時にその声に従い、しゃがみ込む。しゃがんだ僕の上を黒い影が通った。勢いよくしゃがみこんでしまった為尻もちを着いてしまったので、ズボンがベトベトだ。
「かん…ざし…?」
「あらあら。初めて話したのに呼び捨てとはいい度胸じゃない。ま、そんなこと言ってる場合じゃないわね。ホレ、さっさと逃げないと死ぬわよ。」
何を物騒な、とツッコミたかったがやめておいた。心無しか地面のドロドロが動いてる気がして、兎に角気持ち悪かったのだ。そして彼女が手に持っているのは…果物ナイフか?刃の綺麗な銀が雨に濡れ、光沢感を増している。
「ちょっとあんた。いつまでぼさっとしているのよ。死にたいのかしら?まあいいわ。すぐに片付けるから。」
先程僕の上を通り抜けた黒い影のようなものが彼女に襲いかかる。しかしそんな物をもろともせずに彼女はひらりとかわした。そんな光景がいくつか繰り返される。というか、こんな記憶僕には無いはずだが…
「そこね。」
ナイフの銀色が弧を描く。そのナイフは見事黒い影の腕と思われる部分をあっさり切ってしまった。あまりにも一瞬の出来事で僕もあまり見えなかったのだけれど、今目にしたことを上手く表現するとしたら、その手の果物ナイフで本当に果物を切っているような感じだった。僕はそんな彼女の可憐なナイフさばきにいつの間にか見蕩れていた。
そうやって見蕩れていたのも
「お見事」
僕は無意識でそう言った。
「そりゃどうも。というか、あなた大丈夫なの?傘を2つ持って、誰かに傘を渡しに行く途中だったのでしょう。こんなにズボンもドロドロになっちゃって。」
すっかり忘れていたが、僕はあざみに傘を私に行く途中だった。ってちょっと待て。そういえば風呂もまだ何もしていないような。いや、していない!虎太郎がそのまま家に来たのだから、何もしていないままだ。
「あらあら。そんなに焦って何か忘れていたのかしら。それとも本当に傘を渡しに行くのを忘れていたんじゃ…無いわよね。」
いや、忘れていた。それにしてもどうしよう。あざみは学校から家に帰ってすぐに風呂に入らないとスーパー不機嫌になってしまうので今すぐにでも家に戻るべきなのだろうけど、そんなことしてたら時間が無くなってしまう。あぁ、これが俗に言う『詰み』ってやつか。
そうだ。今朝みたいに時間を巻き戻すことが出来るかもしれない。僕が戻るべき時間は…そう、ざっと30分前と言ったところか。30分前、30分前、30分前…
◇
暗くてだだっ広い部屋に1人、僕は座っていた。周りを見渡しても誰もおらず、何もない。
何だか広い棺の中みたいだなぁと思いながら、何もすることがないのでぼうっとただ目の前を見つめていた。
しばらくして、僕の目の前に1人の男の影があった。喋りかけてみても返事はない。
その男は何も言わずに1歩、1歩とゆっくりこちらに近づいてくる。男の表情は見えない。ただ分かるのは近づいてきていることだけ。声を出そうにも出せない。もしかしたら耳と目をやられているのかもしれない―――――――――。
僕の目の前にまで来た男はグッと僕の首を掴んだ。何も抵抗が出来ないまま僕は、その男に殺された。
◇
「それでねぇ。俺の前にいた女の人が…」
「こ、虎太郎。」
タイムリープ成功。目の前に彼がいるのがその証拠だ。
「そろそろあざみが帰ってくるから、風呂の準備をしないと。それと今日雨とか言ってたなぁ。よし、傘を渡しに行こう。まあそういうことで虎太郎、また明日!」
「なんか扱い酷くねぇ?まぁいいや。そんじゃまた明日ね〜」
よし。虎太郎も帰ったことだしそろそろ風呂の準備でもしますかね。
◇
一通りの準備が終わり、傘を持って家を出た。今度こそ大丈夫だろうと思いながら走って中学校へ向かった。
ドロリ。
先程味わった柔らかさが足に絡みついた。それでも僕は気にせず前へ走った。
「ちょっと、待ちなさい!」
走る僕に簪が声をかけてきた。
「何だ?」
「ちょっとあんた。これ落としたわよ。」
そう言って彼女が持っていたのは、黒いドロドロ。嫌がらせか、と思ってそれを手に取ると、そのドロドロの正体は僕の高校入学祝いに母から買ってもらった携帯電話だった。
「うわ。最悪だよ、本当に。僕はついてないなぁ。えーっと、月城さん。拾ってくれてありがとう」
「ええ……っ、危ない!」
またかよ!同じことの繰り返しじゃねぇか!?さっきと何か変わったことがあるとすれば携帯がダメになったことくらいだ。いや、もう1つ変わったことがある。今回はなんと尻もちをつかなかった!
そんな事を言っていると黒い物体と簪が戦っている。いや、どうやらもう戦いは終わったらしく、汚れた果物ナイフを雨で洗っていた。前回とは違い、あっさりと黒い物体を殺した彼女であった。
「危なかった…それにしても、あれはなんだ?」
「あれは魔術式人形。」
「人形?」
「えぇ。と言っても元は人間なのだけれど、特殊魔術によって殺された人がどういう訳かこんな姿になって人を襲ってんのよ。」
「初耳だ。んで、その人形を始末しているのが月城さんってことか。」
「簪でいいわ。私、自分の苗字が嫌いだから。」
じゃあなんでさっきはあんなことを言ったんですか!?と言いたい気持ちをグッと抑えて、僕は彼女の話を聞くことにした。
「まあ名前のことはどうでもいいの。ここからが本題。あなた、そう。根賀 凛にこの仕事を協力してもらおうと思っているの。」
「…はい?」
ここから先の話は僕も分からない。何故なら、こんな記憶僕には無いのだから。つまりここから先は誰にも分からない。走馬灯なんかじゃなく、夢の。走馬灯の延長戦のお話である。
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