第3話 『転校生』
「さあ、自己紹介をドーゾ。」
教師に従って、彼女は自己紹介をし出す。
「はい、
簪。その珍しい名前と長く綺麗な茶髪を忘れるわけがない。だって彼女は―――――――――――僕の人生初めての彼女だったのだから。
◇
朝のホームルームが終わり、クラスメイトたちが簪の机を囲んだ。
「月城さん、どこから来たんですか!?いつからこの街にいたんですか!?」
…タヌキが積極的に彼女にアピールしている。全く、なぜこれが逆効果だって分からないのだろう。
「えぇと、隣の町から引っ越してきました。この街には1ヶ月ほど前からいたのですけれど、用事が重なってなかなか学校に行くことが出来なかったので、今日から通うことになったんです。」
なるほど。それは初耳だ。
しばらく彼女の周りの会話を聞いていると、タヌキと虎太郎がやけに気持ちが悪い笑顔でこちらに近づいてきた。
「…おいお前ら。なんでそんなに笑顔なんだよ。」
「だってよ、凛ちゃん。可愛い転校生だぜ?俺たちオタクにとって夢のような展開だ。きっとここから俺と…」
「タヌキじゃあ無理よ〜簪さんと付き合うのは俺だからなぁ。」
全く、お前らはアニメの見すぎだ。確かに夢のような展開であることに違いはないけど、少なくとも僕の記憶が正しければお前らとは付き合うどころかこれ以降話すこともない。でもそんな残酷な事実を告げてしまっては彼らが可哀想だから、あえて言わないでおこう。
「ま、まぁお前らならいけるんじゃないか?お、応援しておくよ。ははははは…」
俺と簪が付き合うことになるだなんて言えないよな。
◇
それにしても簪という女はかなり静かだ。朝の怒涛の質問攻め以降一言も言葉を発していないような気がする。
「じゃあこの問題を…ヨーシ、、月城サーン。解いてみてくだサーイ。」
「…」
ほら。教師に対してもこのザマである。
「ウーム。シャイガールデスネー。じゃあ、隣の席の根賀クーン。解いてみてくだサーイ。」
おいおいマジか。いつも日付や時間を出席番号に絡めて生徒を選ぶコイツが隣の席とか言う適当な理由で僕を当てるなんて、やっぱりツいてないな、僕は。
「えっと…2です!」
「はいアーホ。死ーネ。ゴミクーズ。雑種ーガ。違いマース。じゃあ今日は14日だカーラ…佐倉サーン。」
おいおい待て待て。なんかさっき癖のある喋り方でものすごい罵倒を浴びた気がしたんですけど。先生が生徒に対して絶対言わないような言葉が聞こえたんですけど!?普段いじられて罵倒には比較的慣れている僕でもそんなに酷いいじられ方はされないし、何もここまで言わなくていいじゃないかな?というか先生、生徒に対して死ねとかゴミクズとか雑種とか言って、僕が訴えたら犯罪になっちゃいますよ!?
「えぇと…3ですか?」
「ザンネーン。違いマース。」
いやいやいやいや!色々ツッコミたいところがあって全部書いたら3話が終わってしまいそうな勢いだから簡潔に言うけれど、それって差別ですよね!?先生!!なんで僕が間違えた時は死ねとかゴミとか存在価値ゴミ以下とか(存在価値ゴミ以下とは言ってない)言っていたのに女子生徒が間違えたらそんなに優しいんだよ!!ああもう日本っていう国の男女差別って酷いな!本当に!!
「はぁ。もう嫌だ。」
僕がそう言って横を見ると、簪と目が合った。そして僕と目が合った彼女は心無しか、笑っているような気がしたんだ―――――。
(今読んでいる人は『彼女が笑っているような気がした』という文にプラスでとらえる人が殆どだと思うが、当時の僕はこう思った。)
「僕の顔って、感情を全く表に出さない人が笑うくらい面白いのか!?」と。
◇
昼休み。僕はタヌキと虎太郎の3人でご飯を食べた。何?今のご時世向かい合って食べるのはアウト?全く何を言っているんだろう。2002年である現在、向かい合って喋りながらご飯を食べることくらい、誰も何も気にしていませんよ。
「なぁ凛ちゃん。あの転校生、マジで何も喋らないよなぁ。」
唐突にタヌキが喋りだした。
「俺よ、毎時間アイツに喋りかけるんだけど、毎回無視されるんだぜ?おかしくないか?」
いや、これに関しては簪に同感だ。僕が女でタヌキに毎時間話しかけられていると無視どころか手が出ていたかもしれない。そう考えると簪はよく耐えたし優しい子だと思う。
「いやぁ〜。タヌキくんに毎回喋りかけられたら引くさぁ。怖いもん」
虎太郎ナイス。よく言った。
「まぁ、それはいいとしてさぁ。根賀りんの家に今日行っていいんやろ?ふっふっふ。あざみちゃんいるんかねぇ。」
「おい。いようがいまいがお前には関係ないぞ。だいたいお前があざみに…」
「はいわかったわかった。シスコントークはもういいんよ〜。」
「僕はシスコンなんかじゃない!」
◇
「ハーイ。それじゃあ皆さんシーユーアゲイン。明日も元気に来てくだサーイ。」
やっと一日の授業が終わり、生徒は一斉に学校を出る。いつもなら部活があるのだが、今はテスト期間なので部活が全面中止なのだ。
「よぉし。いこうか〜根賀りん。」
そう言って虎太郎は僕の後ろについてきた。同年代だし身分的に差は全くないのだけど、振る舞いとその小柄な体格のせいでなんだか子分に見えて笑えてくる。前述した通り僕の家と学校はかなり近いのであっという間に家に着いた。
「お邪魔しま〜す。」
そう言うと虎太郎は僕より早く僕の部屋に入っていった。全く、どっちが家の主なんだか。
「おお!あったあった!『ノコギリクワガタ大戦』。いや〜根賀りんに貸してたんだけれど急に読みたくなってさぁ。あ、読んでる途中だった?」
どんなタイトルだよ!と、2012年の僕は思ったけど、この時はそんなヘンテコな名前の漫画が流行ったのだろう。
「いいや大丈夫だよ。また貸してくれ。えーと、なんだ。そう、『ヒラタクワガタ大戦』。いや、違うな。『ミヤマクワガタ大戦』?ダメだ、しっくり来ない。ああそうだ!思い出したぞ!『アトラスオオカブト大戦』だ!」
「いやぁ、『ノコギリクワガタ大戦』だよ。なんで
そんなくだらない話で盛り上がっているとポツポツと窓が音を立て始めた。
午後7時2分
「まずい、雨だ。ごめん虎太郎。あざみに傘を持っていかないと。あいつ今日何も持って行ってなかったからなぁ。」
「折りたたみ傘でも持っていってるんじゃないん?」
「それは持っているかもしれないって話だ。持ってない可能性があるんだったら届けに行くしかないだろ!!」
「はっはっは。全く、根賀りんのあざみちゃん愛にはぐうの音も出ないねぇ〜。」
それじゃと行って速やかに帰った虎太郎を後にして、僕も家を出た。
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