第2話 『魔術式』

 2002年。当時高校一年生だった僕は2歳下の妹、あざみと一緒に学校へ向かった。僕の高校は家のすぐ近くなので、ある程度ギリギリ家から出ても遅刻することは無いのだけれど、いつもあざみと一緒に登校するため少し早く家を出る。


 午前8時12分


「それじゃあ、また家で。あざみは今日部活に行くのか?」


「うん。ちょっと顔だそうかな。」


 また妹自慢なのだが、僕の妹は料理部でも存分にその才能を発揮している。年に2回料理コンテストがあるのだけれど、あざみは2年間のコンテストで全て入賞し、その内2つは最優秀賞を受賞するという怪物っぷりだ。しかし、僕はあざみの料理を一度も口にしたことがないので、どんな料理を作るのかはよく分からない。1回でいいから僕に手料理を作って欲しいものだが、彼女は部活以外で料理をしたくないのだろう。というか、あざみは勉強といい料理といい、家で何もしていないくせになぜここまで常人離れした技術があるんだ?あぁ、そうか。常人離れしているからこそ、何もしなくても常人離れした技術があるのだろう。


「じゃあ、お兄ちゃんは帰ってお風呂を沸かしておくから。帰ったら先に入っていいぞ。」


「ありがとう。それじゃあ、またね。」


 そう言って彼女は自分の学校へ向かった。妹の姿が見えなくなった頃、僕も学校へ足を踏み入れた。僕が通っている高校は一般的な魔術高校で、学園の生徒全員が魔法を使える学校だ。というか、魔法が一般的に広まった今となっては誰もが日常生活において魔法を駆使している。


 ここで1つ疑問に思った人もいるだろう。『当たり前の事のように魔術高校だとか言われても訳が分からない』と。まあ確かに数年前。いや、僕が死んだ2012年から数年前じゃなくて、走馬灯間の今。つまり、2002年から数年前、1人の科学者(自称魔法使い)である皐月・アスファルドという人物が魔術の開発に成功し、使い方を全国に発信した。当時はその手軽さと日常生活における汎用性の高さが評価され、老若男女問わず誰もが魔法を使うようになった。


 しかし、魔法が誰でも簡単に使えるというのは良い事だけとは限らない。『魔法』というのだがら当然炎や水を自由自在に操ることが出来るので、喧嘩や脅しの道具に魔法が使われることがよくあった。もちろんそれによって怪我人や死者は例年より増えたし、それと同時に犯罪も増えた。だから、国はある法律を作った。


「特殊魔術の使用を全面禁止」


 特殊魔術というのは、一般的に誰もが思いつくような、炎だとか氷だとか風だとかを操る魔術である。それを禁止された事によって残ったのが物理魔術である。わかりやすく言えば『超能力』や『エスパー』のようなもの。物を浮かせたり立ったまま寝たりなどの地味なものばかりだが、それ故に便利であり、危険性も低いので、特殊魔術による事件はこうして幕を閉じた――――――――。



 ◇



 僕が教室に入ると一人の男から話しかけられた。


「よう、凛ちゃん。おはよう!」


 この聞きなれた声は僕の友人の1人、水原みずはら むじな(通称タヌキ)である。貉とはたぬきという意味だから、よくよく考えたら可哀想な名前である。


「僕を女の子みたいに呼ぶな、タヌキ。」


「あ、根賀りんだ。昨日貸した漫画、持ってきたん?」


 貉とは別に話しかけてきた小柄な男は松野まつの 虎太郎こたろう。それにしても僕は10年前、こいつに何の漫画を借りたのだろうか?


「ごめん、家に忘れてきてしまった。あぁ、そうだ。今日俺の家に漫画取りに来ないか?」


「おっ、いいの?じゃあ行かせてもらおうかなぁ。あざみちゃんにも会えるかもしれんし〜。」


 聞き捨てならない言葉が耳に入ってくる。


「おい。僕はお前みたいな男、というより僕以外の男にあざみを渡すつもりはないぞ。あいつはああ見えて一人では何も出来ないのだから、僕が面倒を見てあげないと。」


 嘘である。本当は1人でなんでも出来てしまうので。というか、出来すぎてしまうので、家での兄としての威厳がなくなりそうなまでだ。


「ったく、お前は本当にシスコンだな!」


「おいタヌキ、人聞きが悪いことを言うな。僕は決してシスコンなんかじゃない。」


「いやいや、何を今更。お前がシスコンなことくらいみんなわかってるって!なぁ虎太郎。」


「そうだよ〜。今更何言っても弁解の余地はないさぁ。」


 何故か本当に意味がわからないのだが、彼らが言う通り僕はシスコンで通っている。本当になぜ僕がこんなことになったのかわからないが、恐らくクラスの哀れな男子たちがあまりにも可愛い妹がいる僕に嫉妬してこのようなデマを流したのであろう。あ、念の為もう一度言っておくが、僕はシスコンなんかじゃない。兄妹の仲がいいだけだ。


「全く分かっていないな。大体、それは僕の妹が可愛すぎるから、それによるお前達の嫉妬だろう?ほら、『大人の女になんて価値はない。日本人は全員ロリコンなのだ』という言葉があるじゃないか。つまり、お前らもロリコン兼シスコンなのだ。年下が好きだという気持ちはよく分かる。実際俺もそうだ。でもだからと言って、自分以外のロリコン兼シスコンを蹴落すのは違うだろう?ほら、自分に置き換えてみろ。お前らに妹がいたとする。そりゃあ家族なんだから、妹のことが好きなのは当たり前だろ?だって家族なんだから。その『好き』という感情には一切の汚れもない。純愛なんだよ。親に恋愛感情を抱くか?違うだろう?でもだからといって嫌いか?そういう訳でも無いだろう?つまり僕は当たり前のことを言っているんだ。妹が好きなのは当たり前なんだ。妹がこの世界の何よりも可愛く見えるのは当たり前なんだッ!!」


「……なぁ、凛ちゃん。落ち着けよ。」


「………あ。」


 僕としたことがつい口を滑らせてしまった。僕がシスコンじゃないという言い訳はクラス中に聞かれていて、冷たいような、哀れむような、可哀想なものを見るような視線をバチバチと感じとれた。



 ◇



 こうやっていつも通り駄弁だべっている内にチャイムが鳴り、それと同時に担任の教師が教室に入ってきた。


「ハーイ。皆さんおはようございマース。今日は大切なお知らせデース。」


 大切なこととは何だろう。でも実際覚えていないのだから、大したことじゃないとは思うけど―――――――――――。


「今日はなんと――――――転校生がやってきまシータ!さぁ、入ってきてくだサーイ!」


 僕は全てを思い出した。そして、なぜこの日の走馬灯を見ているのかも分かった。だって、そう。僕という物語における最重要人物が、たった今この教室に入ってきたのだから。

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