第1話 『走馬灯』

 僕は目を開けた。記憶が正しければ、というか確実についさっき死んだのだけれども、何故か目を開くことが出来た。まるで先程までの事が全て嘘だったかのようにいつも通り目覚めることが出来たので、僕が死刑執行されたのは嘘なのだと、首を落とされたのは夢だったのだと、そう思うことにした。


 ◇


 時計を見るとまだ午前五時だったので、もう一度寝ようと再び布団に潜った。先程までこの布団で寝ていたからかまだ暖かかったので、僕はすぐにもう一度寝付くことが出来た。



 ◇



「コラ、起きなさい!」


 懐かしい声で目が覚めた。起きろと言われても僕は現在進行形のニートなので起きる時間なんて気にしなくていいはずだけど、というか、僕は一人暮らしだから、誰かに起こされるわけが無いのだ。まあ近所の人が何か言ったのだろう。近所迷惑だなぁとか思いながら僕は寝ぼけ眼を擦って布団から出た。すると、視界に奇妙な光景が写った。


「…あれ?」


 先程起きた時には寝ぼけていて気が付かなかったのだが、僕は実家に、いや、この言い方だと古い家が連想されるので事前に言っておくが、この家は1997年に建てられた家なので、どこかがボロボロだったり雨漏りしたりなどということは特にない。風呂とトイレも別々だし、二階建てだし、ちゃんと僕の部屋もある。


 ――――話が逸れた。結局何が言いたいのかと言うと、一人暮らしのはずの僕が、何故か学生時代、両親や妹と共に過ごしていた家で寝ていたのである。


「いい加減に起きないと…って、なんだ、お兄ちゃん起きてるじゃん。早く行かないとお母さんがうるさいよ。」


「え…?あ、あざみ?」


 あぁ、ようやく分かった。これは走馬灯である。でも基本的に走馬灯ってのは死ぬ前に見るはずなのだけれど、そうじゃないのかもしれない。だって実際に走馬灯を見た事がある人はもう死んでいるはずだから、走馬灯は死ぬ前に見るものと一方的に決めつけるのはまだ早いだろう。


「寝ぼけているの?早くしないと遅刻するよ。一緒に行こう。」


「ああ、うん。着替えるからちょっと待っててくれ。」


 二つ返事で僕の部屋から出たあざみの為に、僕は急いで着替えた。兄の僕がこんなことを言うとシスコンだと勘違いされそうなので言わないでおこうと思ったのだけれど、小説において妹の見た目に関してどうこう言う機会は今しかないから腹を括って言うが、僕の妹は本当に可愛いと思う。いや、別に僕が変だとかそういう訳じゃなくて、世間一般的に見てもあざみは可愛いはずだ。肩まで伸びた透き通るような黒髪に、引きずり込まれるような黒い目。そしてその真っ黒の髪と目を引き立てるような肌の純白。これは俗に言うところのミステリアス系美女である。


 僕が妹について語っている間に制服に着替え終わってしまった。語れと言われたらあと5万字ほど語れると思うけれど、それじゃあ話が進まないから今回はここら辺で妹自慢を終えるとする。僕が部屋から出ると、あざみは僕に微笑みをくれた。


「おはよう。さぁ、早く朝ごはんを食べに行こう。」


「おう、おはよう。あのー、あざみ?ちょっとひとつ聞きたいことがあるのだけれど、いいかな?」


 おかしいな。口が勝手に動く。


「ん?何?」


「あざみは今でもお兄ちゃんと結婚したいと思うか?」


 おいおいおいおい。僕は何を言っているんだ。ここまではっきり言ってしまったら噛んだとか間違えたとか言って訂正することが出来ない。そしてこの質問をしてしまったことであざみにも今この話を読んでいる読者にも引かれてしまうだろう(逆にこの質問をしてあざみが僕に惹かれたらいいなぁとか言っておく)。


「あ、あのー、ごめん!な?今のは気にしないでいいから、ほら!朝ごはんだ。朝ごはんを食べに行こうぜ!さてさて今日の朝ごはんは何だろう?楽しみだなー!ははは!」


 あざみはうつむいたままだ。はぁ、本当にやってしまった。さっきまでニコニコしていたあざみから笑顔が消えたのがわかる。今タイムスリップができるのなら20秒前に戻りたい。そう思った時、目の前が暗転した。



 ◇



「さぁ、早く朝ごはんを食べに行こう。」


「あ、あざみ?もう怒ってないのか?」


「ん?何を言っているの?私は最初から怒ってなんていないよ。それよりお腹がすいたから、早くごはん。」


 さっき僕の口が滑ったのは夢だったのか。それとも先程20秒前に戻りたいと思ったから実際に戻ることが出来たのか。まあよく分からないけれど、あざみが怒っていないというのならもういいだろう。


「よし、下に行こうか。」



 ◇



「おはよう二人共。ご飯もうできてるから早く食べちゃいなさい。」


 テーブルには米と味噌汁とサラダがあった。僕はトマトが嫌いなので、僕のサラダにはトマトが入っておらず、僕のサラダだけ見た目が地味だった。


「いただきます。」


「ねぇ、お兄ちゃん。テスト勉強はどう?」


「え?テスト?」


「まだ寝ぼけているの?来週の月曜日からテストが始まるよ。」


 よりによって1番嫌な時期の走馬灯を見ているらしい。いや、でも先程みたいに時間を巻き戻すことが出来るのなら、このテストだってなんとかなるのかもしれない。というかなんとかなる。そう思うと気が楽だ。


「あぁ、そうだった。そういえばテストだったな。すっかり忘れていたよ。あざみはテスト、どうなんだ?」


「私はまあまあ。勉強もあまりできていないし。」


 と言ってオール100点を取ってしまうのが僕の妹、根賀 あざみである。しかし、クラスに一人はいるような、勉強してないと周りには言ってるけれどこっそり人の何倍も勉強をし、他人よりいい点数を取って優越感に浸るような屑とは違って、僕の妹は頑張って勉強しているようには見えないのである。もしかしたら学校で猛勉強しているのかもしれないが、それにしても家でほとんど勉強をせずに100点を取るなんて並大抵の人が出来るようなことじゃない筈だ。


「あ、そうそう。あざみ、聞きたいことがあるのだけれど。」


「何?」


 これを読んでいる人はデジャブか?と思うかもしれないけど、『あざみは今でもお兄ちゃんと結婚したいと思うか?』とは二度と聞かない。何を聞くのかと言うと、今日の日付である。


「今日って何年の何月何日だ?」


「えっと…今日は2002年の2月14日だよ。」


 2002年 2月14日(木)。それは僕、根賀 凛の人生を大きく変えた一日であった。

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