第7話 息子からの頼み
早希さんと弥生ちゃんが帰ったあと、息子と二人で病室にいたら、息子から声をかけられた。
「母さん、お願いがあるんだ」
主人と別れてから何一つワガママなんて言った事がない息子が、私にお願いがあると言う。
「あら、何かしら。添い寝?」
私は努めて明るく振る舞っていたけれど、息子にはバレていたようだ。
「ハハ、添い寝は魅力的だけどそうじゃないよ。僕の机の抽斗に作りかけのネックレスと部品があるんだけど、それを持ってきて欲しいんだ。完成させて、弥生にプレゼントしたいんだよ」
私はベッドの横に座って息子の手をとり、返事をした。
「分かったわ。今から取りに帰った方が
「ううん、今度来る時で大丈夫。忘れずに頼むね」
そう言って息子は握っていた私の手をギュッと握って、不安そうに言った。
「母さん、僕は死ぬのかな? 弥生とずっと一緒に居たかったけど、弥生を残して死んじゃうのかな?」
息子の目から涙がこぼれ落ちた。主人と離婚してから、私に心配かけまいと決して私の前では泣かなかった息子が、泣いている。それも、自分が死ぬ事を恐れているのではなく、後に残る弥生ちゃんの事を心配して……
私も、もう我慢の限界だった。息子の体を優しく抱きしめて、息子に大丈夫、大丈夫よと泣きながら言っていた。
そんな事しか言えない母親でゴメンねと心で謝りながら。
やがて、息子は疲れたのだろう。気がつけば寝ていた。私はその涙の跡を拭いてやりながら、一人涙を流した。
そして、息子からの頼みをきく為に家に戻った。
翌朝、弥生ちゃんに見つからないように朝早くに家を出て、私は病院に向かった。
病室に入ると、看護士さんがいて息子の体温を計っていた。
「はい、下がりましたね。頭痛はどうですか?」
「大丈夫です。今は頭痛もありません」
看護士さんの質問にハキハキと答える息子を見て、ああなんて強い子なんだろうと私はまた泣きそうになった。
失礼しますと言って看護士さんが出て行った後に、息子に紙袋を渡した。
「母さん、おはよう。有難う」
息子はいつもの笑顔でそう言ってきた。ならば、私も気を張らないと。私も笑顔で息子に応えた。
「おはよう。少しだけ見させて貰ったけど、かなり良いネックレスね。これなら弥生ちゃん、泣いて喜ぶわ」
「そうかな? それなら良いんだけど。あ、今朝一番に先生がきて、経過観察の為に明後日にもう一度MRIを撮るって言ってた」
「そう、分かったわ。何か用事はある?」
「うーん、大丈夫かな。締切近いんだから、早く帰って書いた方がいいよ、母さん」
「あんたは、私の担当編集者か! 分かったわよ、帰ってちゃんと書いてきます」
「うん、何かあったら電話するから。この部屋、スマホ使ってもいいって確認したからね。あ、次は充電器、充電器を持ってきてよ」
「フッフッフッ、母をなめないでよ。冬馬、紙袋の中を見てみなさい!」
私の言葉に中を見た冬馬は素直に頭を下げた。
「母上、参りました」
コレは息子からの合図だ。家と同じように、ココでも軽口を言い合っていこうっていう。暗い気持ちは昨日で吹っ切ったから、母さんもお願いっていう、言葉にしない息子からの合図。
応えなきゃ母親失格だ。
私達親子は今朝からは通常運転に入った。
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