魔人推し ー四畳半のアジトよりー

広之新

魔人推し

 私はゲルト団のJ将軍だ。ゲルト団は地球征服を目指す悪の秘密結社だ。日本中はおろか、世界中に支部がある強大な組織だ。その幹部である私は、本来なら都心の基地で多くの部下の指揮を執っているはずだが、新型コロナウイルスの蔓延でそうもいかなくなった。だから地方にある実家に私だけが移った。ここからリモートで指揮を執っている。しかも私はアレルギーがあるからワクチンが打てない。だからコロナが蔓延しているときは本部にちょくちょく顔を出すわけにもいかない。

 ここで年老いた母と2人暮らしだ。10年前に死んだ父が立てた建売住宅の2階の四畳半の部屋、それがJ将軍のアジトなのだ。ここなら宿敵のラインマスクも気づくまい。しかしリモートで部下と話していると、1階の母からよく茶々が入る。


「義弘! ちょっと出かけてくるからね! 留守番していておくれ!」


 こんなとき私は顔から火が噴き出すほど恥ずかしいのだが、部下は慣れてしまったようで驚かずに何も言わない。


 さてゲルト団も結成30年となった。わが組織の恐ろしさを世界に知らしめるため、5年に一度にテレビの電波をジャックしてゲルト団のプロモーション動画を流している。出演するにはもちろんこの私、J将軍とゲルト団の科学を結集して改造した魔人だ。特に奮発して新たに3体の魔人を改造するのだ。

 この3体について今回は北海道実験場のAチーム、関東実験場のBチーム、そして九州実験場のCチームが担当する。それぞれが素晴らしい魔人を生み出しているのだが、ここで大きな問題がいつも起こる。それは・・・


 動画に登場する3体の魔人うち、どれがセンターを務めるか


 ということだった。どうでもいいようなことだが、各実験場ではそれが大問題になっている。そこで実験場の序列が決まるというのだ。もっとも私がそうではないと言ってはいるが・・・。


 今日もズーム会議でそれぞれの実験場の担当の者と話し合った。


「わがAチームは赤虎魔人を作りました。いかにも獰猛でゲルト団にふさわしく・・・」

「Bチームの魔人を見てください。白獅子魔人です。ゲルト団も気品が必要です・・・」

「Cチームはゲルト団の未来を象徴して、青馬魔人を生み出しました。この馬力で世界征服にまい進する・・・」


 それぞれが自分のところの魔人を推してくる。センターを決めるには最高幹部の私なのだから仕方がないのだが、あまりに露骨だと辟易する。そういえばその3つの実験場からのお歳暮が驚くほど豪華だったが・・・。

 それでも私は公明正大だ。見た目で関東出身の白獅子魔人が気に入っていてもおくびにも出さない。きちんと公平な目で見て決めるつもりだ。それは戦う姿が素晴らしい魔人だ。

 それにプロモーション動画にきちんとラインマスクと戦っている絵がいる。それで決めよう。もちろんやられてしまっては元も子のないから、少し戦わせていいところですぐに引き上げさせる。それを3回も・・・。もっともラインマスクが協力するはずがないからうまく作戦を立てて、奴を引っ張り出して都合にいいシチュエーションを作らねばならない。


 そうこうしているうちに壁の鷲の紋章の目が光った。私はすぐに立ち上がってそれに向かって敬礼した。

「J将軍。わがゲルト団のプロモーション動画の作成は進んでおるか?」

 首領の声が聞こえてきた。

「はっ。順調に進んでおります。」

 私は答えた。こんな動画にまで気づかいしていただくとは・・・さすが首領はできた方だ。

「そうか。3体の魔人を出すのだな。あのあか・・・」

「赤虎魔人でございますか?」

「そうだ。赤虎魔人だったな。いやいや、どの魔人も素晴らしい。センターは将軍が公平に決めるのだったな。では楽しみにしているぞ。」

 首領は何か奥歯にものが挟まったような言い方をしていた。私は聞き直そうとしたが、すでに鷲の目の光は消えていた。

「まあいいか。とにかく首領も楽しみにされているのだ。がんばって作らねば・・・。」

 私は何度もうなずきながらそう言った。



 作戦はようやく立った。先日、何かの拍子で手に入れた国宝級の掛け軸があった。これを奪う気がなかったのだが、間違えて戦闘員が持ってきてしまったのだ。我がゲルト団は芸術には敬意を表する。博物館に返したいのだが、頭を下げていくわけにもいかない。だからある山の小屋に隠したという情報をリークしてラインマスクを呼び寄せることにした。もちろん今回も私はドローンから作戦の指揮を執る。

 準備は整った。だが少し離れたところに人の集団があった。私は(何だ?)と思ってドローンを近づけた。彼らは赤、青、白、それぞれのぼりを立てて、はっぴとハチマキをしてメガホンを持っていた。それぞれの実験場のスタッフが推しの魔人を応援しに来たのだ。

「馬鹿者! さっさと帰れ! 敵にばれたらどうする!」

 私はドローンから怒鳴って彼らを返した。全くセンターに推すためなら何でもする連中だ。

 それからすぐに人影が現れた。幸いなことに先程までの騒ぎに気付いていない。私はすぐにドローンを接近させた。それは・・・。

「また、あいつか! 相川良! お前ではない。邪魔するな!」

 私はパソコンの前でつぶやいた。こいつはなぜか、我らの前に姿を現す。

「我らの恐ろしさを教えてやろう。魔人ども! 行け!」

 私がドローンから命令すると3体の魔人が相川良に向かって行った。

「来たな! 俺がやっつけてやる!」

 相川良はそう言ったが。こいつは口だけだ。一体でもやられるのに3体では敵うはずがない。 案の定、青馬魔人に体当たりされて吹っ飛ばされていった。

「こんな奴はどうでもいい。それよりラインマスクは・・・」

 私はドローンをあちこち飛ばして探した。すると奴が高い木の上に立っていた。

「ゲルト団め! 正義の鉄槌を受けろ!」

 ラインマスクはそこから飛び降りてくるりと回転して華麗に着地した。

「忌々しい奴め! カッコつけよって。赤虎魔人! 青馬魔人! 白獅子魔人! ラインマスクを叩きのめすのだ! ただし一人ずつだ!」

 私はドロ-ンからそう命令した。これでやっと絵が撮れる。

 まず赤虎魔人が鋭い爪でかかって行った。ラインマスクは何とかそれを避けているが、少しずつ追い詰めていた。そしてやっと一爪を当てることができた。

「よし、次!」

 私がそう言うと。次は青馬魔人が向かって行った。得意の馬脚キックを食らわせた。

「よし、次! 白獅子魔人!」

 白獅子魔人は鋭い牙の生えた口を大きく開けてラインマスクを食いちぎろうとした。その上品な出で立ちに似合わず、なかなか大胆な奴だ。この3魔人がいればラインマスクなどすぐにやっつけられるのでないかという気分になった。だが現実は甘くなかった。

 ラインマスクは反撃に出た。まず大きな口を開ける白獅子魔人をキックではね飛ばし、そこに体当たりに来た青馬魔人をすかして足を出した。青馬魔人はそのまま勢いよく転がった。また爪で襲ってきた赤虎魔人にはさんざんパンチを食らわせていた。このままではせっかくプロモーション動画のために用意した魔人が危ない。いい所は撮れたからもういい。

「退け! 退くのだ!」

 私はドローンからそう合図を送った。すると魔人たちは一斉に姿を隠した。

「待て!」ラインマスクが追おうとしたので、ドローンでその行く手を遮った。

「今回ばかりは退いてやろう。3対1では卑怯だからな。国宝の掛け軸はこの先の小屋にある。だが次回はこうはいかんぞ! 次はお前の命はないぞ! はっはっは・・・」

 私はこう言ってドローンを引き上げさせた。これで奴は無事に掛け軸を博物館に戻すだろう。プロモーション用の動画も撮れたし、一石二鳥で作戦を終えることができた。


 しかしセンターをどの魔人にしたらいいのか・・・私は迷っていた。そこにまた壁の鷲の紋章の目が光った。

「J将軍。魔人たちの動画を見た。よく映っていたぞ。」

「おほめいただき恐縮です。これから編集してプロモーション動画を仕上げます。」

「うむ。それにしても赤いのがよかったな。」

 首領の言葉に私は聞き直した。

「赤い? 赤虎魔人がよかったということですか?」

「い、いや。そう言うことではなく・・・。センターは将軍が決めるのだから、あくまでも公明正大にな・・・」

 それだけ言って首領はスイッチを切られたようだ。もしかして首領は赤虎魔人推しか・・・。私はやはり見た目の麗しい白獅子魔人がいいが・・・。そう思いながらネットの記事を見た。そこにはラインマスクが国宝の掛け軸を返したことが載っており、インタビューを受けていた。

「今回の戦いは厳しかった。特に青馬魔人が。奴はゲルト団の強さを体現していると言っていいだろう・・・」

(ん? 奴は青馬魔人推しか・・・)

 私は困惑した。センターをどうして決めたらいいか・・・

 そこでひらめいた。3魔人をそれぞれセンターにしたプロモーション動画を作りYouTubeに流すのだ。その再生回数の多いものを採用すればいい。私は早速、作ってみた。この手の作業はお手の物だ。すると・・・

 ラインマスク押しの青馬魔人が一位になった。恐るべき奴よ。自分推しの魔人をセンターにするとは・・・。悔しいが決めたことなので、電波ジャックして青馬魔人がセンターの動画をテレビに流した。だが反響はいまいちだった。それは・・・。

 YouTubeで事前に流したのが仇となったのだ。確かにこれではインパクトに欠ける。しかし動画の出来は我ながらよかった。特にセンターの青馬魔人が・・・。次回は私もこいつを推してやろう。

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