祈祷

天養2年(1145年)2月16日


 母さまが起きてこない。


 -発熱

 -頭痛

 -全身に発疹


 「何の病かは分かりかねます。疱瘡、赤疱瘡あかもがさではありませんな。」


 清盛パパが急遽呼んだ薬師は、母さまをよく見ようともせず、逃げるように帰っていった。


 いつもお世話になっている薬師はじいちゃんが尾張に連れて行っている。


 うつる病だといけないからと、僕も部屋に入れてもらえない。


 ばあちゃんが修験者しゅげんじゃを呼び、加持祈祷をしてもらうが効果がない。


 かれこれ一刻ばかり続けているが、「よりまし」に変化がみられない。


 「よりまし」というのは、加持祈祷で物の怪を一時的に宿らせる人のことで、今回は母さまに使える女中さんが選ばれている。


 加持祈祷がうまくすすめば、「よりまし」に物の怪が宿り、病人である母さまに対する恨みつらみを口走りはじめるはずだがそれがない。


 修験者も次第にいらだちはじめ、「あっちへ行ってしまえ!」と「よりまし」に八つ当たりしはじめる始末。


 しまいには居眠りしだした。


 この時点で清盛パパがブチキレて、修験者を叩き出した。


 残ったのは加持祈祷で使われた何かの嫌な臭い。一度染みついたらしつこく残りそうな臭いだ。


 清盛パパに聞いたら芥子だとか。


 こんなの嗅がされたら治るものも治らない。


 「あにうえぇ。母さまどうなるの。」


 基盛が涙を必死にこらえながらしがみついてくる。



 天養2年(1145年)3月3日


 朝から雨が降り続く。


 母さまの症状は良くならない。


 食欲も低下しているらしく、満足に食事がとれていない。


 そのせいで、病気に対する抵抗力も落ちてきているのだろう。


 もう、いてもたってもいられない。


 正直なところ、自分にうつったらと思い、二の足を踏んでいたのだが、神隠しの書の力を使い、母さまの寝所に入る。


 薄暗い部屋の中で、ひとり母さまが床についている。


 しばらく会わないうちに、ひどく痩せ細っていた。


 そうっと近づくと、時折苦しそうな息づかいをしていた。


 目的のものはすぐ見つかった。


 赤子ほどの大きさのひどく醜い小鬼が5匹、母さまの周りを踊りながら回っている。


 これが病原だろう。


 すぐさま子狼・・・いや、以前より随分たくましくなったのだから、小狼といったところか・・・をけしかけた。


 小狼3匹は連携して小鬼を1匹、かみ殺すことに成功した。


 同じように、もう1匹始末したところで、危険を感じたのか、残り3匹の小鬼が身を寄せ合って守るような体制をとった。


 小狼たちも手が出せないようだ。


 ・・・これ以上は無理か。


 忸怩じくじたる思いで、一旦引き下がることにする。


 「そうだ。母さまが見つけてきた本・・・」


 思えば、今までのMissonだって、意味の無いものではなかったのかもしれない。


 -Missonn じいちゃんを引き留めよう。子どもらしくね-


 じいちゃんを引き留めていれば、いつもの薬師がすぐに診てくれていたはずだ。


 -Misson 母さまを助けて基盛と遊ぼう-


 これにも何かの意味があったのかもしれない。


 それならMissonで見つけたこの医書にもきっと意味があるはず!


 大同類聚方と医心方。このうち皮膚病に関する記述だけを探す。


 報酬が膏薬書だったのだ。そうに違いない。


 「それに、全部に目を通すには時間がない。」


 先ほど見た症状に合致する記載だけを求め探す。



 「・・・り。重盛!」


 父の声にびくりとし、顔をあげた。


 「何をしておる?もう日暮れであるぞ。暗くて本など読めまい。」


 確かに日はほとんど沈みかけ、辺りを暗くしている。


 ふと、先ほどまで見ていた本に目を戻すと、もはや暗くて字など読めたものではなかった。


 「父上、母さまは?」


 「先ほど、尾張から薬が届いた。症状を記した木簡を急ぎで送っておったのだがな。やっと届いたようだ。」


 「っ!では!」


 「すぐに効果がでるものでもあるまい。それにひどく弱っておるからの。油断はできん、って、おい!」


 後ろから止める声が聞こえたような気がしたが、話の途中で走り出していた。


 神隠しの書の力を使い母さまの寝所に飛び込む。


 母さまの様子は暗くてよく分からなかった。


 だが小鬼のほうは幾分、気配が弱まった気がした。


 「今ならやれるか?」


 押さえようとしても膨らむ期待のなか、3匹の小狼を小鬼たちめがけて突っ込ませた。




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