第7話 サイン(させて)ください

 サイン、憧れますね。

 何人かの小説家にサインをいただいたことがありますが、いずれも堂々とした書きっぷり+本当に何気なく格好いい崩し文字を仕上げ、きちんと「○○さんへ」まで書いて下さいました。


 なんというか、「凄い作品を書く方が」「その同じ手で」「サラサラッと素敵なサインを」「私なんかのために書いてくださる」というその合わせ技がたまらんのですよね。


 私もあんな風になりたい! カッコよくサインしたい! と思っていました。

 けれども、光栄にも賞をいただき商業で本を出してもらえる誉に預かったときに、「私などがサインするなんて、おこがましいわっ!」と、自分の中の謙虚な心が自分の頬を平手打ちしました。


 サインできるようになったからといって、あの推し作家様たちのようになれるわけではない。逆は真じゃないのです。

 ぺーぺーの私がサインなんて、する機会もないしなぁ……と、脳内会議で結論を出したところ、編集さんから連絡が来ました。


 なんと、作者のサイン入り書籍その他があたるアオハル2021キャンペーンに拙著が対象となっているので、サインを考えておいて欲しいとのこと。


 これはもう大慌てです。わざと「おこがましいからサインなんて考えないようにしよう」と思っていたら、サインが必要になってしまいました。


 なんとかして「芦原瑞祥」というやたらめったら画数が多くまとまりの悪い漢字を、ええ感じに崩そうと試みました。が、全然うまくいきません。他の作家さんのサインを検索してみると、みんな格好いいorかわいい、そして好感度が高い。


 うおお、もっとかわいい字面の筆名にすればよかった! そもそも作者名で検索しようにも「瑞祥(ずいしょう=すごくめでたいしるし、の意味)」て単語知っていないと変換できなさそうやし、そらで書けないやろ!

 覚えやすく検索しやすく誰でも書ける字の筆名にすればよかったあああぁ!


 と後悔したってもう遅い! なのです。もはやこの筆名でやっていくしかないのです。

(ちなみに、受賞連絡から公式発表までの間に筆名を変えるチャンスはあります。編集部から筆名を変えるようアドバイスされることも、よくあるみたいです)


 サインサインと考えていてふと、文学学校時代に同じゼミに在籍中に受賞し、今は人気時代小説家となったK氏のことを思い出しました。

 受賞当時、クラスの皆は「サインしてー!」と受賞作掲載文芸誌を手にK氏に押しかけていました。当時の彼はまだサインを用意しておらず、文芸誌の裏の余白部分に、縦書き楷書できっちりフルネームを書きました。

「これ、サインじゃなくて『持ち物に書く名前』やん!」というツッコミに苦笑いしていたK氏も、のちにちゃんとしたサインを用意したようです。


 イベントか何かで会ったとき、K氏はこう言っていました。

「一万円でサインを買った」


 なんでも、サインを考えてくれる業者さんがあるらしいのです。デザインの領域になるし、需要もあるだろうから当然といえば当然です。


 そこで私も、ネットで検索して業者さんを見つけ、一万円でサインを買いました。


 縦書きか横書きか、漢字か英字か、どんなジャンルや目的で使うサインなのかを選ぶと、プロのデザイナーさんがカッコいいサインを考えてくれ、しかも書き順や注意するポイントなども教えてくれます。これで体裁が整うのなら、一万円は安いものです。


 そうして数日後、私のサインが送られてきました。

 おお、なんかそれっぽい! 格好いいぞ!

 付属の書き方練習帳に従って何度もサインの練習をし、なんとか無事、キャンペーンに当選された五名の方にサインをさせていただいたのでした。


 とはいえそれは付け焼き刃。実は、お手本を見ながらでないと、いまだにサインを書けません。しかもよく書き損ねてしまうので、私の部屋には書き損じサイン本が積んであります(手持ちの在庫と交換しました)。


 サイン一つ取っても器の小ささが出るよなあ、と哀しくなりながらも、一万円の元を取りたいからもうちょっとサインしたいと思っている私です。

 サイン、させてください!

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