第3話 嗚呼、あこがれの「同人誌」

 O文学学校の小説科は純文学がメインである。生徒の一部はプロ志向だが、そうでない人の方が多数派だった。


 年配の方で多いのは、自分史や、親が経験したこと(戦争体験や立身出世)を書き残したい、という執筆動機。若い人の中にも、つらい体験やルサンチマンを昇華させるために執筆という手段をとる人が少なくなかった。

 もちろん、単に「書きたいから」という人もいる。


 ちなみに講演に来られた有名小説家T先生は、「書き続けるという視点でいうと『書くのが好きだから』という人の方が強い。『書きたいことがある』という動機だと、書き尽くしてしまったときに筆を置いてしまうから」と仰っていた。


 プロ志向か否かや執筆動機にかかわらず、文学学校生があこがれていることがある。


 それは、同人誌。


 といっても所謂「薄い本」のことではない。明治の文豪もすなる、「文芸同人誌」というやつである。


 文学学校のチューターは、それぞれどこかの文芸同人誌に籍を置いて(あるいは主宰して)おり、クラスの中で「これは」と思う書き手を「うちの同人誌に来ない?」とスカウトすることがあるのだ。


 文芸同人誌に誘われるのは、実力を認められたことと同義。そして同人誌で作品を発表すると、「文芸同人誌評」に取り上げられる可能性がある。


 当時はまだ『文學界』に同人雑誌評コーナーがあり、発刊した同人誌を送ると評者が読んでくれて、良い作品は寸評をもらえた。全国誌に、自分の筆名と作品名と寸評が載るのである。

 さらに半年に一度の優秀作に選ばれれば、なんと『文學界』に作品が転載されるというビッグチャンスまであったのだ。

※『文學界』同人雑誌評コーナーは打ち切りとなり、『三田文学』に引き継がれました。


 他にも同人誌評を掲載している文芸雑誌や新聞はいろいろあり、文学学校生にとっては「同人誌に入って作品を発表し、それが同人誌評で取り上げられる」というのがある種の目標でありあこがれになっていた。


 かくいう私も、エンタメを書くとは言いつつも、作品を認められたいという気持ちが人一倍強く、「同人誌に誘われたいなー。誘ってくれないかなー」とは思っていた。誰も誘ってくれないとは分かっていたけれど。


 そんな中、以前のクラスメイトが、有志で同人誌を立ち上げた。それを見た私は、「あ、誘われないなら作ればええんや」と思った。そしてチャンスはやって来た。


 専科(二年目)のクラスはとても仲が良かったので、休日にみんなで遊びに行くことになった。京都伏見で十石舟に乗り、酒蔵で酒を飲み、夕食に酒を飲み、とにかく酒を飲んだ。

 そんな折、クラスメイトの一人が言った。


「このクラスで同人誌を作りたいな」


 その夜は同人誌の話で大いに盛り上がり、散会となった。

 この同人誌発足案を酒の席の話で終わらせてなるものか! と私はいくつかの印刷所の値段や入稿システムを調べ、合評会などの会合をするための貸会議室を探し、同人誌の運営方法の大まかなプランを出して言った。


「やりましょう!」(え? 皆やるやんな? やるって言うたやんな?)


 そんなこんなで、専科クラスメイトとともに私は文芸同人誌の立ち上げに携わり、初代編集人として年二回の同人誌発刊に力を尽くした。クラスのチューターが顧問となってくださり、各作品へのアドバイスはもちろん、同人誌評を行っている雑誌のリストもいただいた。チューター、ありがとうございます!


 当時はまだネット入稿もネットバンキングも一般的でなかったので、原稿データをCDに焼いて出力見本と一緒に宅配便で印刷所に送り、会社の昼休みに猛ダッシュで郵便局へ行きATMで印刷代の振り込みをした。経費節約のために、もちろん早期入稿20%割引を利用する。

 自宅に届く150冊の同人誌を各メンバーに割り当て冊数分発送し、献本先にも郵送する。そんな手間のかかる作業ですら楽しく、充実した日々だった。完成した同人誌は、どれも私の宝物である。


 メンバーはよい書き手ぞろいだったので、毎号どこかの同人誌評で誰かの作品が取り上げられた。

 ちなみに私も、『文學界』同人雑誌評に取り上げられたことがある(当時は純文学を書いていた)。

 第二話で「君はエンタメしか書けないだろうけど」と私に言った人に対して、心の中で「書けるもんね! 純文学書けるもんね! あの『文學界』に寸評載ったもんね!」と、無事ざまぁできたのだった。


 ただし公募では結果を出せていない(血涙)。



※立ち上げに携わった同人誌は「カム」と言います。由来の一つが「く」と「読」で「カム」なので、その後サービスを開始したカクヨムには勝手に愛着を感じているのでした。

 私はカムを退会してしまったのですが、もちろん今も応援しているし、とてもよい書き手ぞろいの同人誌なので、文学フリマ等で見かけた際にはぜひお手にとってみてください!

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